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日々の破片

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2021-03-14

_ 新国立劇場のワルキューレ

ほとんどのキャストが来日できないためほぼ日本人のみの公演で、指揮者も入院の予後の飯守に替わって大野とえらく大変な組み換え作業となったワルキューレだが全体としてはとても良かった。

大野はトリスタンとイゾルデの時はとんでもなく緩慢なテンポで本人が陶酔しちゃっているのだろうみたいな感じだったが(おれは好きだがそれでもいささか遅すぎると思うところもあった)、トゥランドットでは実に(良い意味で)グロテスクなアラベスクを繰り広げて、まあ只者ではないことはわかっている。

というわけでどれだけ陶酔的な君こそは春やヴォータンの別れを振ってくれるのかと楽しみな反面、本人が陶酔しきってラリホーになってしまうのではないかという不安もないわけではなかった。

実際、1幕が予定より5分遅くなり、2幕も5分遅くなり、と19時10分終演予定が19時20分くらい(ということは3幕は予定通りだったようだ)に伸びたが、オーケストラともども素晴らしい。これこそワルキューレだ。歌があり恐怖があり沈黙があり希望がある。

そして何よりもジークリンデの小林厚子という人が抜群。声量、歌唱方法、何をとっても超一流じゃん。1幕はジークリンデが歌い出すのがとにかく楽しみだった。

フンディングも良かった。ドスが効いた英雄になり損ねた犬としては抜群の風格がある。こんな良いバスがいたかな? と思ったら、長谷川という人で、最初の東京リングでハーゲンを歌っていた人だった。あの時は声量が随分と不足しているような気がしたが、今回はすごいフンディングだった。それにしても最初の東京リングということは超ベテランだな。

逆に言うと、1幕のジークムントは許しがたい。歌い出すとオーケストラだけに集中してとにかく早く終われとずっと考えていた。鼻声唱法のジークムントなんてあり得ないだろう(それでも最後まで歌い切ったのは見事というかプロだから当然というべきか)。

一方2幕になるとジークムントの第一声がバーンと来て、おおこれは良いのかな? と思ったら全編一本調子でこれまた勘弁してほしい。2幕のジークムントの声で1幕のジークムントの表現だったら良いのになぁと、なかなか日本人オペラにおけるテノールというのは難しいものだな。

ブリュンヒルデは登場時のハイトホーホーの最後が絶叫調でううううと思ったら、実はとても良いブリュンヒルデで気持ちよく聴いていられた。

フリッカは安定のフリッカ。

そしてびっくりしたのがヴォータンのラデツキーという人で、犬め、フリッカの元へ逝けがこんなにおっかないまさに戦の長、雷光の神っぽいのは初めての経験だ。ここ一発でとんでもなく気に入った。(ふと気づいたがドンナーも雷の神だが、あっちは雷鳴の神なのかな?)

演出はゲッツフリードリヒの貧乏舞台なのだが、2幕のジークムントの前にブリュンヒルデが出現するところ(ここでのアルベリヒの呪いとジークフリートの2つの動機の中間のような運命の宣告の動機の歌わせ方もうまい)、3幕でヴォータンが岩山へ乗り込んでくるところ、最後のローゲの炎の輪とか、ここぞというところのメリハリは良いものだ(冬が過ぎ去り春が訪れるところの壁が落ちるところはなんだかなぁという印象を持つのだが、手に手を取って脱出するときに狭い扉からではなく、広い森の中へ直接進めるので悪いものではないとは思う)。

それにしてもジークムントはともかく、実に良いものだった。

夫婦喧嘩で考えたが、しょせん19世紀的価値観なので、フリッカの文句に対して、ヴォータンは、賊から購入した花嫁との結婚のような相互の合意が無い婚姻を契約と呼べるのか? と突っ込まないのだなぁと気になった(もっともそこでフリッカが引っ込むとウェルズング計画の大穴、あらかじめ仕込んだノートゥングをジークムントに与えることに対する指摘ができなくなるからしょうがないが、おそらく誰一人としてこの婚姻の問題点はわかっていなかったのだろうとは思う)。

あと、何度観ても、エルダの知性を持った二人の先読み合戦はおもしろい。

今回の舞台では、ブリュンヒルデはそこまでヴォータンの無言の計画を読み切っておらず、むしろヴォータンに促されてローゲによって特権的防御を得ることに気付いたように見えた。

逆に今回の舞台では、近親相姦全然OKなヴォータンだけに、神性を奪うための口づけまでが異様にエロチックで、おや? この男はジークリンデの腹の中の子を知らない(少なくとも知らないふりをしている。もっともブリュンヒルデは説明しているが途中でウェルズングの話はやめろと遮っているから聞いていないという解釈も可能)だけに、ここで別の英雄を作ろうと考えているのか? という不穏な雰囲気を漂わせておもしろい。


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