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日々の破片

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2019-01-20

_ トロイ戦争は起こらない

アトレの宣伝文があまりにおもしろそうだったのだが、結局折り合いがつかずに舞台は観られなかったトロイ戦争は起こらないを録画で観た。

実際には芸術劇場にかかって録画してわりとすぐに観始めたのだが、何しろ鈴木亮平の声量の制御がひど過ぎて1幕の終盤間近で思わず停止してしまって、それから1年近くたってやっと続きを見る気になったのだった。

テレビ録画が原因かも知れないが、とにかく鈴木亮平のエクトールがうるさい。3流オーケストラの金管が制御方法を知らずにやたらとfffでブンスカブンスカ吹き鳴らしているようだ。あまりにうるさいのでボリュームを絞るとmf程度で普通に話しているところがまったく聞き取れない。演出の栗山民也もよくこれでOKを出したもんだ。

が、とにかく物語は興味津々なので観ざるを得ない。もちろんトロイ戦争は起きてこいつらみんな死ぬわけだが、第2次世界大戦を目睫に控えてなおかつジロドゥが何を言いたかったかは20世紀に生まれた人間として知らずに済ませたくはない。

ジャン・ジロドゥ〈1〉トロイ戦争は起こらない(ハヤカワ演劇文庫41)(ジャン ジロドゥ/Jean Giraudoux/岩切 正一郎)

(本で読めばいいんだが、舞台のビデオが手元にあるのに本で読むのはなんか癪に障るアンビバレンツ)

それ以外はまあ悪くないのだ。一路真輝の最初に出てきたときは、何か意志のない霞のようなエレーヌも実は鳥の卵から産まれたゆえに(というセリフがあったような気がするので、レダの娘ということにしているのだろう)人間の営みを鳥瞰しているだけで、内部には暗黒の絶望を持っている(ということが、カッサンドル――江口のりこ、これも悪くないのだがエクトールが大声張り上げるので釣られてかバランスでか大声出しまくってうるさいことも多い――との対話で見えてくる)のだな、と説得力あるし、なんといっても、川久保拓司のパッパラパーのようでいてこれまた絶望を抱え込んでいるパリスも実に良い。

カッサンドルとエレーヌの対決は1幕で唯一それほど言葉がうるさくなく観ていられる。エクトールが不在だからだ。平和の女神のおっちょこちょいぶり合わせておもしろい。

もっとも一番演技がうまいのは、実に気分悪い男を演じていて、観ているこちらが不愉快でいたたまれなくなるほどの嫌な気持ちになってくる、詩人のデモコスを演じる花王おさむという人だろう。

老人、詩人(文弱の徒)という立場を生かして、戦意を徒に高揚させ戦争を煽り若者を死地に送り込み自分は安全な場所で高見の見物を楽しみながら詩を書くと言う最低最悪の人物を実にうまく演じている。あー、気分悪い。

というわけで、熱血漢エクトールは戦場で部下をばんすか殺し、やっと凱旋したものの、弟のスケベ心のせいでギリシャとの戦争になることをまったく望まない。妻はかわいく子供も生まれそうだ。

ふにゃふにゃのらりくらりしているパリスを説得し、わけのわからないことを言いまくるエレーヌをなだめたりすかしたりしながら、詩人のデモコスをごまかし、法学者ビュジリスのプライドを突いてギリシャの違法行為を無視して和平交渉を正当に行うようにもっていく。このシーンについては、デモコスの気持ち悪さ以上に、エクトールとビュジリスの言葉のやり取りがおもしろい。法律の正しい使い方とはこういうものだな。

かくして、どうにかギリシャの使者オイアックス(粟野史浩も、良い演技というか、ギリシャが出てきてから舞台がえらく落ち着くのがおもしろい。エクトールのバカな大声は、凱旋将軍の急な平和主義が周りから浮いていることを表現する演出意図があったのか、と思わず深読みしたくなるわけだが、うるさいものはうるさいので、だめだ)の挑発をかわし、信頼関係を結び、ギリシャ連合軍とは和平ということで折り合いをつけることができる。

・このあたりからエスプリが効き始めてやり取りそのものがおもしろくなる。

・例)(トロイの守護神である)アフロディテに誓ったらどうか? いや、それはあらゆる神々の中で最も嘘つき(ではなく、もっとうまい表現)だからだめだ、とか。

しかし、そこに難物のオデュセウス登場(谷田歩。名演だろ、これ)。何を考えているかわからない様子で誘導尋問を重ね、戦端を開こうとする。(と、最初書いたが、その一方で、すでにビュジリスとエクトールのやり取りで示されているように、上手な言質を考えるための調査とも言える。いずれにしてもオデュセウスの立場は超越的で、そこから繰り出される質問の数々とそれに対するエクトールとパリス(エレーヌは相変わらずの男に対してはふわふわっこをぶりぶりする、このあたりのやり取りは作劇としてうまいなぁ)の苦しい言葉がおもしろい)

エクトールの意志を汲んでパリスですら自重しているわけだが、挑発に乗った大局もなければ政治がわからぬメロスのような船乗りが次々と出てきてすべてをぶち壊す。

民衆を煽る詩人。とにかく戦争をしたい(いや、本人は絶対に戦闘には出ないのだから、「させたい」)のだ。

そこに託宣が告げられる。アフロディテは戦争しろというわけだが(そしてトロイ人は盛り上がる、しかしエクトールは辛うじて智慧の女神の言葉を呼び出す)、智慧の女神は戦争をするなといい、ゼウスはエクトールとオデュセウスの二人で話し合えと言う。

ここはまさに象徴だ。愛は戦争を望み、智慧は平和を望む。そして全能者は何が正しいか知らない。

かくして二人の話し合いとなる。良い舞台に急になるのだが、ときどきエクトールが大声で喚くのだけは勘弁だ。

戦争すれば勝てるはずであり、そうすればトロイを支配下におけるわけでオデュセウスとしては決裂させたくもあり、そうはいっても戦争はいやでもあり、むしろ問題は民衆と偶然だということを知りつつ、しかしエクトールの希望を聞き入れることにし、暗殺を恐れるふりをしながら、豪胆に司令部へ帰還する。

ここまでで、作劇として驚くべきことは、エクトール(平和を希求)とデモコス(戦争を希求)の2人以外は、民衆ではない登場人物は全員、真っ暗な絶望を抱えていることだ。オデュセウスが示す絶望はあまりに重いので、エクトールは天秤勝負に負けを認めざるを得ない。それにしても、これらの上位階級の人々に比べて水夫に示される大衆に対する軽蔑しきった作者の眼差しは、なんというか欧州の政治家らしい鼻持ちならないエリート意識を感じる一方、歴史が証明している通りに正しくてうんざりする。

会話を盗み聞きしていたアンドロマックは未来の不確かさに目をふさぐ(エレーヌやカサンドルと対照的だ)。

そこに、歓待されて酔っぱらったオイアックスが目をふさいでいるのを良いことにアンドロマックにちょっかいを出そうとするが、カサンドルに制止される(? ちょっと覚えていないぞ)。

あれだけ平和を希求していたエクトールは匕首を抜いてオイアックスを殺そうとするのだが(アフロディテの託宣通り、愛こそ戦争を始めるということだ)、あわやというところでオイアックスが帰って行くことになったので安心する。

そこにデモコス登場。あいかわらず戦争を煽りまくる。すべてがぶち壊しになる、とエクトールは抜いた匕首をデモコスに使う。

騒ぎを聞きつけ駆けつける民衆と兵士。デモコスは「オイアックスにやられた!」と繰り返す。

教訓:獅子身中の虫を排除すると決めたら、完全に息の根を止めなければならない。


2019-01-16

_ 献灯使

原先生がFBで言及しているので、なんだろう? と興味を覚えて献灯使を買った。読んだ。

もしかすると高校時代に読んだ埴谷雄高以来の形而上的文学かも知れないので、その意味では最初は戸惑った。一瞬近未来SFかと思ったがセンスオブワンダーによるカタルシスは一切ないというか拒否している文章なのでSFではない。

が、おもしろい。全体の半分が献灯使という中編で、そのあと、短編が何個か入っている。発表年を知らずに書いているが、短編は中編を凝縮させた作品だったり舞台設定の説明だったりして、それほど感心はしなかったが(とはいえ、相似した漢字を使った孤独を楽しむ老婆(とまではいかないか)の作品はおもしろくなくもなかった)、表題作は抜群におもしろい。

短編のほうでは、舞台設定として震災があることが説明されているので、作者は3.11文学というものを想定したのかも知れないが、そういう実世界の事象は無視したほうが意味的だ。

つまり、今現在そのものを表現した作品だ。

失われた20年の間の世代はどこにいるのかわかっているようでわからず見えず、老人は異様なまでに元気で生活していて、子供たちは身動きが取れない。老人には知識と経験というインフラがある。しかし子供にはそれがない。そして登場する人物は活動家の八百屋にしても教師にしても、全員が全員受け身一方だ。すべてが外部にあり、その外部の東京の外部に本州があり、その外部に、その外部に、と外に向かわずにすべてが内側に収斂したところで子供の世界地図とのシンクロがあったりするが、結局はすべて外側で流れて行く。皮相的だがそこも実に今っぽい。

全世界がそれぞれ鎖国していて、一番輸出で稼いでいるのがインドと南アフリカで、何を輸出しているかといえば文字で、それがどういうユースケースなのかはどこにも書かれていないが、どうも、文字とそれによって構成される言語というものの価値が非常にインフレしているのは間違いない。

逆に日本の言語はデフレしまくっていて、今や語彙はほとんど失われているか誤っている。しかもニュースピークではないが、豊富な語彙、豊饒な言語は取り締まられる可能性をはらむ。言葉が失われつつある世界という最先端を主人公は走っているのだ。

第1次産業と言語が稼ぎ手となっていて、情報は遮断されている。

したがって、日本で儲けているのは沖縄と北海道で、九州は海運によってそれなりに稼ぎ、四国は蜜柑で稼ぐ。東京はほぼ死んでいる。

単純に今現在の経済情勢を逆読みした世界ではあるが、言語に対するディティールがあるため世界は奥行きを持つ。そのため情報がインフレを起こした末にコモディティ化した状態という意味で、今そのものを正しく描写していることになる。

情報の遮断があるため、老人以外は言語の豊饒さも想像の逞しさも持ちえず、実は一番の財産は知覚による記憶と身体による経験だ。

そういう世界において、何が日常として成立するのかという思考実験によって作られたアクエリウムで、4人の人間が特にフォーカスされて部分的には意識の流れで語られる。

むしろ、この作品を震災文学(というよりも原子力発電所の爆発事件)として捉えると、作品世界の現実性が矮小化されるように思える。そこは問題ではなく、むしろ世代間の断絶が経済から政治まですべてにおいて支配的になっている状況に対する敏感な反応によって生まれたと考えた方がしっくりくるからだ。

献灯使 (講談社文庫)(多和田葉子)

と、久々の形而上文学でおもしろかった。


2019-01-10

_ ねこの風つくり工場 工場長のひみつのおひるね

なんか家族の1月の課題図書だといって妻が持ってきたので読んだ。

街はずれにあるねこが風を作って小売りしたり街に風を送ったりする工場の話で、アマゾン書影のために見たらシリーズになっているようだが、本書は、下請けの内職工の人間の家族の話、森に住む陰謀団との知恵比べ、工場長が毎日ひるねをしに出かける秘密を探る話の3話から構成される。

絵は悪くないが、話はなんだかなぁとか思いながら2話読んだわけだが、3話目が、これはずるい! 爆発でつい涙が出てきて止まらん。

ねこの風つくり工場 工場長のひみつのおひるね(みずの よしえ/いづの かじ)

悪くはなかった。


2019-01-07

_ どん底の人びと―ロンドン1902 読了

通勤時にちまちま読んでいた(数ページのスケッチ/省察集なので向いていた)ジャックロンドンのロンドン1902を読了。

本来南アフリカのボーア戦争の末路を取材旅行に行くはずが、出版社だか新聞社だかが、ちょうどロンドンがロンドンに着いた時点で企画の中止を決定、転んでもただでは起きないロンドンは、誰も知らないロンドン、イーストエンドへの潜入取材を提案し、了承され、そしてひと夏の地獄と悪夢の経験をする。

さっそくロンドンはロンドン在住の英国人の知人に声をかける。イーストエンドを取材したいのだが、何か伝手は? どういう方法が良いと思う? そもそもどんな場所なんだ?

驚くべきことに、誰一人として(そこには超優秀なジャーナリスト、なんでも知っているはずの社会生活研究者などが含まれる)明確な答えを持つどころか、絶対に近寄るな、極めて危険、あり得ないといった完全否定のみが返って来る。

反骨の人ジャックロンドンが燃え上がる!

絶対に取材する。

かくして、帰りの貨物船に乗り遅れてロンドンに取り残された一文無しのアメリカ人の船乗りと自己規定してイーストエンドに乗り込む。アメリカ人の船乗りという設定で背の高さと言葉の違いを解消して、かつ一文無しの労働者の仲間としてどこにでも潜入可能となったおかげで、イーストエンドに暮らす人々と会話し、暮らしを観察する。

そこは、身長150cmくらい(もちろん、文句なしのアングロサクソンのことだ。2~3世代の間に栄養状態によりそうなる、というのが事実だろうなと想像できるのは、太平洋戦争後2~3世代の間に身長175cmくらいになった日本の、つまり逆を知っているからだが)の痩せこけた死にぞこないの群れが集まる、すぐに病気で死ぬ、ゼロ歳児の生存率30%、5歳までの生存率50%の、これが世界一のGDPを誇る一大工業国大英帝国なのか? しかし彼らによってどうもある程度までは産業が支えられているような、未開の地だった。

日が射さない半地下の4畳半一間に5人家族がひしめきあい、一日にパン一切れを全員でわけあい、道徳はほぼなく、着ているものは襤褸、南京虫と虱のほうが人間よりも元気に活動している、そういう場所だった。

一方アメリカでは(と、ロンドンは本書でアメリカの数値とイーストエンドの数値をようような観点から比較するのでおもしろい)、こんな福祉が無い状態は考えられない。なんだここは? と仰天しまくる。

港湾労働者を組織したダンカレンという労働英雄の悲惨な末期のスケッチはすさまじいが、

・長時間労働 => 余暇に話し合うとか不可能

・超低賃金 => 労働後に一杯やりながらビアホール一揆のような相談を仲間とすることは不可能

・住宅事情最悪 => 誰かと何かを相談するための秘密の場所というものはない

・雇用主最適化 => 狙い撃ちによる排斥の代わりに、必要最低限の賃金を得られないだけの仕事のみ与えることが可能であり、労働者を常に競争状態に置くことによって団結する芽をあらかじめ潰す

など、さまざまな政策によって、他の国のようにストライキや暴動、革命といった行動によって富の再分配が生じることを、完全に封鎖している。

みそは、必要最低限の生活が可能なぎりぎりの保証の80%くらいに収入を抑制することのようだ。

どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)(ジャック ロンドン/行方 昭夫)

(夏に買ったのにもう絶版なのか? というかとっくに絶版なのが岩波だから本屋に残っていたということかな。2013年の4刷だ)

・アマゾン評の低評価ので、おもしろい評があった。片や海外から来て異国の異常な状態を観察して自国の人に伝えるためのエンターテインメント性を持つジャーナリストの視点、片や自国の問題を抉って社会改良を考えようという視点、完璧に異なる視点の2つの作品を並べて前者の客観性を批判している。おもしろい。

途中でイーストエンドをエンターテインメント性を損なわない程度にまで底上げして描いたのがチャーリーチャップリンだったな、と思い当たった。あの生活水準が日常茶飯で、かつそれが死ぬまで続く、あるいはスクールジに雇われている秘書は他の人より1.2倍くらいはもらっているとして勘案(子供の数とか住居とか考えるに)するとかだな。

キッド The Kid [Blu-ray]


2019-01-05

_ 第七の十字架を読了

先月あたりに買った第七の十字架を読了。三が日中と思ったが、そうはいかなかった(上巻がきつくて思いのほか時間がかかったが、下巻は登場人物が絞られて焦点がはっきりするのでサスペンスが持続した状態で読めたのであっという間だった)。

1940年代にアメリカ人の必読書となり(ヨーロッパ戦線に送られる兵士にドイツの事情を知るための資料として配布されたらしい)ジンネマンによって映画化もされているが、なるほど1930年代のドイツとはこういうものだったのだなと考えるのだが、それだけではなく1950年代のアメリカや、なぜ今復刊されたかとか、いろいろ考えごとのネタに尽きない傑作だった。

物語の骨格は強制収容所(KZと略される)から脱走した7人の男たちのうち、特に30代の元自動車修理工の逃亡劇で、確かにそういう惹句が表紙に書いてあり、そのつもりで読み始めたら相当違った。

まず、強制収容所が1940年代の強制収容所(解説を読むと区別させるために絶滅収容所としてある)と異なり、基本は暴力による思想改造のための強制収容所で、収容されているのは思想犯と粗暴犯で、共産党幹部や反骨の人以外は1週間程度の暴力の嵐の後に解放される収容所だった。逆に言えば、だからこそ脱走もできる道理だ。

話は7人もの大量脱走を発生させ、かつ一人は取り逃したのが原因で更迭された所長の後任が収容所に着任し、前任者が作った7つの十字架を撤去するところから始まる。

しかしすぐに、共産党シンパ(というよりも社民系のような感じだが)フランツという男の郷里での生活にフォーカスされ、そこに暮らす人々の人間模様となる。そのほうが生活が容易なのでSAに入った親類、本気でSSにかぶれて思想改造が終わった若者(この本で恐るべきは登場する10代の若者はほぼすべて本気のナチなところだ)、暴力衝動の趣味と実益でSA生活を謳歌する中年、生活に追われている人、すべて無関係に犬と暮らす羊飼い(イケメンであり、超越者的な立場と振る舞いから女性関係が大変なことになっている)、古き良きドイツの生き残り、仮面をかぶった抵抗者、ゲシュタポのスパイ、そういった人々が普通に暮らしている。

厄介なのは苗字名前が入り乱れて呼ばれる上に、ハイスラー、ボイトラー、フュルグラーベ、ファーレンベルク、ブンゼン、フィッシャー、フランツ、ハンス、ヘルマン、フィードラー、フリッツとハ行の名前が次々と出てくるので、時と場所とコンテキストを押さえて読まないとすぐに誰が誰か見失うことだ(というわけで、上巻を読むのに時間がかかった。幸いなことに、訳者がまえがきで主要登場人物の列挙をしてくれているので最初のうちは首っ引きだった)。

物語は時制こそほぼ一直線だが、そこかしこに過去がモンタージュされ、空間が同時発生的に複数の主人公間を行き来するので、厚みがものすごい。

逆に、その厚みがヨーロッパ戦線へ従軍するアメリカ兵の必読書となった道理でもあり、確かに各種の立場の人々の思考と行動様式が明確に浮き彫りにされている。この作家はすさまじい力量だ。

顔が変形して固着するほど暴力に合ったために(さらに、多分、ワイルド7のエビフライという飛葉がかけれあれる拷問器具を思い出したが、中腰で膝を曲げた状態で固定する拷問が日常茶飯だったことがうかがえるのは、背が低くなっている描写からうかがえるし、十字架も一つだけわざと中心を低く作って所長が捕縛されてくることを楽しみにするシーンでもわかる)、最初のうちはうまく追撃をかわしたりするのが、恐怖のリアリズムだ。

収容所の暴力がひどすぎるため、ゲシュタポから派遣された二人の警部の徹底的に合理的な心理戦による取調方針がきわめてまともに見える。そのため登場人物の中でも、ゲシュタポのこの二人については相当好意的に読めるのがちょっと不思議だった。(ゲシュタポによる取り調べにおける殴打禁止令に苛立った所長が十字架を作る(手を釘で打ち付けて放置するのは殴打ではないと言い張る)くだりは凄まじい)

敵側として書かれているにもかかわらず、所長の一の子分の没落した農民のツィリヒ(これまた拷問の名手とされていて実に効果的に自供させたいことを自供させる)の心理描写も巧妙で、まあ、しょうがないよなぁと考えてしまうところがなくもない。

それは比較的すべてに共通していて、転向者だろうが、脱走者の一人を罠にかけてKZに送り込んだ文句なく悪党であるところの政治家だろうが、なぜそう考えてそう行動したかが理解できるために、単純にナチと切り捨てることはできないようになっている。フェアな作者だ。もちろんフェアプレーには早過ぎて、亡命先のメキシコから西ドイツではなく東ドイツに帰還することになる(というか、ブレヒトも同様な事情だったとは知らなかったが、下巻の解説は赤狩りが知識人を強制的に西ではなく東に送り込んだことがわかってちょっと驚いたが、分析的に考えればそれはそうだな)。

それにしても、おもしろいのは、工員のうち中流の労働者と全層の農民がナチの経済政策の恩恵によって、穏健なナチ支持となっている世相をうまく書いていることだ(主人公を助けることになる工員も基本はナチの支持者にみえるが、友情は別という扱いとなっているし、同じようにナチシンパではないものの超保守的なかっての義理の父親である室内装飾家(左官、ペンキ屋、小間大工のドイツ版というところかな)の国家に歯向かうことは考えるまでもなくノンだが、目の前で意味なく死刑にされそうな人間は助けるのが筋と考えるところとか、いろいろある)。持続的に経済が良い状態ではなく、極めて悪い状態から急速に経済を良くすることができると、本来の問題は棚上げにして国家が決めた敵を敵として国民を説得しやすくなる(急速に経済を良くするために国民の団結を求めるために敵を用意することでも同じことだ)ため、インテリ、ユダヤ人、社民から共産までの民主主義者が憎悪の対象となっている状況がわかりやすい(30年代なので、まだユダヤ人は絶滅収容所には送られていず、周囲から憎悪されながらも生活をしている。が、瞬間的に出てくるヒポクラテスの教えの信奉者らしきまじめな医者の運命はきわめて危うい様子が見える)。マルクスが書いたプチブル観に基づく作劇なのか? いや、実情なのだろう。ファシズムがファシズムとして成立した状況が見える。

第七の十字架(上) (岩波文庫)(アンナ・ゼーガース/山下 肇/新村 浩)

なぜ、岩波が突然復刻したか、わからないでもない作品だった。


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