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日々の破片

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2017-02-19

_ アンディパートリッジは本泥棒を読んだのだろうか

野崎さんに教わってXTCのNonsuchを買って、何度かめのしかも本格的なXTCブームがやってきてしまった。

XTCはあまり好きではなかった。ずばりおもしろくもなんともないからで、頑張れナイジェルとライフはホップで始まるよとかは、MTV用のビデオが楽しいから嫌いじゃなかったわけだが、あまりのジャケットのポップさに惹かれてドラムス&ワイヤーを買えばその2曲以外はつまらないし、それでもブラックシーを買ってみれば、最初の30秒以外はまったくおもしろくないし、ママーを買ってみればひとつもおもしろくないし、アンディーパートリッジのソロを評判に釣られて買ってみると0.1秒たりともおもしろくない。

どうやら、おれはXTCは好きではないとやっと気づいて以後無視して数10年がたった。

ところが、やたらと評判が良いのでビートルズみたいなジャケットのオレンジとレモンとスカイラーク(かな?)をつい10年前くらいに買ってみて、くそ、やはりこれっぽっちもおもしろくない。

というわけで、やはり少しも好きではないというか、単純に退屈なのだ。

が、ブックスアーバーニングは素晴らしい。

まず歌詞がすばらしい。そこでまじめに繰り返して聞いているうちに聴き方を理解したらしい。ギターの音の作り方がおもしろいし、それによって曲の構成がおもしろい。おや、どうやら聴き方を間違っていたようだと気づいた。

なるほど、考えてみれば、ギターバンドってほとんど聞かないから聴き方がわかっていなかったようだ(エコー&ザバニーメンとかビルネルソンとかギターバンドの曲を聞いていないわけではないが、むしろボーカルとかむしろコンセプトとかで聞いていてギターそのものを聞いていたわけではなかったようだ)。

というわけで、ブックスアーバニングは素晴らしい。

(BBC)

で、聞いているうちに脳裏に浮かぶ映像があるわけだが、その映像は映像由来ではなく、文章に由来していて、それはなんだったかずーっと考えていて、思い出した。

本泥棒だ。

もし世界中から本が消えてすべてが電子化されたら、圧政者や独裁者はさぞかしつまらない思いをするだろう。彼らはもう本を燃やせないのだ。

ただ、本泥棒は2007年だから、アンディーパートリッジがBooks are burningを作ったころには存在していない。

Nonsuch(XTC)

フレーフレーピーターパンプキンヘッド、誰が彼のために祈るんだいのところの韻もすごく好き。


2017-02-05

_ スカラ座と新国立劇場の蝶々夫人

土曜日は友人の家で12月のスカラ座の2017年開幕の蝶々夫人の録画を観る。

はじまるとシャイーがイタリア国歌を演奏するのでちょっとひいた。

もし菅とか安部とかが、ここだけチラ見したら(小泉はわざわざ劇場に来ていたが、おそらくそんな趣味はないだろう)、新国立劇場も国の予算を使っているんだからスカラ座みたく国歌を演奏しろと開幕というコンテキストを無視してわめきたてるのではなかろうか。冗談ではない。とはいうものの、演目が蝶々夫人だからいやでも君が代は聞かされることになるわけだが。

初演版ということで、明らかに違和感がありまくる。

まず、シャープレスが、悲しませてはならないと言いながら、ピンカートンと一緒になって結構皮肉を言いまくる。3人の下男下女の名前について延々と難癖をつけて顔1、顔2、顔3と呼ぶとか言い出すピンカートン。長いよ。

最も素晴らしい瞬間である、花嫁行列からわたしは愛に呼ばれてきましたにかけての音楽がなんか違う。薄い(あとで、新国立劇場のプログラムを読んでいたら、改変版では音を少し変えていると書いてあって、その少しの違いによる印象のあまりの違いに驚いた。マジックだ)。

で、婚礼のシーンが長い長い。酔っ払いの叔父(ヤマドリに似た妙な名前だったが忘れた、どこの国にも変わり者の親戚がいるとスズキから聞かされたピンカートンかシャープレスが評する)がくだらない歌を2回も歌い、ピンカートンとシャープレスが嘲笑する。

蝶々夫人が15歳(数えなんだから、ここでもやはり14歳なわけだ)というと、まだ遊びたいざかりだろう、で済まずに、それはお菓子が欲しい年頃だ、蜘蛛の砂糖漬けとバッタの飴を作れとか言い出す(なんかの皮肉なのかな? と思ったが、おそらく東洋の妙な国だから昆虫に砂糖をまぶしたものを食う風習があるということにしているのかも知れない)。

舞台は3階建てだが、どうも坂の下が3階という奇妙な構造。

ボンズのちょちょさーんは意外と小さい。

で、2人になると、シーリ(この人は、新国立でトスカマッダレーナが素晴らしかったが、いまひとつフォトジェニックでは無さすぎる)が真っ白に塗りたくって唇だけぼってり赤く塗って、実に妙な肩を持ち上げて手をくっつける奇妙な振りをさせられていて気持ち悪いのはおいておけば、素晴らしい。とにかく伸ばしたときの声の響きが抜群で、それ以外はどうでも良くなる。

ピンカートン(誰か忘れた)は最初、くぐもったいやなテノールだなと思ったが、位置のせいか、節回しのせいか、ときどき素晴らしく良くなり、1幕後半の美しさはすばらしい。

毒々しい振袖だが動きによっては蝶々のようだ。狙ったな。

2幕。いきなり洋装でミシンがあるテーブルに向っている蝶々夫人。そりゃそうなのか。彼女は自分をアメリカ人としているのだから、それが普通か。

スズキの人が絶品。2重唱がこんなに美しい音楽だとは今までわからなかった。

金が尽きそうの箇所で、あれ、こんなに椿姫だったのか? と驚く。ちょっと違うぞ。

シーリはそのまま素晴らしい。が、ビデオでアップが多いのでちょっと気持ち悪い。が、歌のすばらしさはとてつもない。

ある晴れた日の途中の大砲のところで、あ、まさに大砲だったのかとはっきりわかるドンの音。シャイーの棒は素晴らしいのではないか。

子供が金髪なのでびっくりした。

青い目(台本としては、誰の子供だ? と訝るシャープレスに目を見せて、ピンカートンの子供だということを示すのに青い目を利用している)どころの騒ぎではない。

シャープレスのピンカートンに対する怒りがはっきりくっきり歌われる。

ただ、洋装になっているだけに、自分はアメリカの法律によってうんぬんの箇所が逆に滑稽さを際立たせているようにも感じないでもない。滑稽と悲惨のバランスが難しい歌だ。

3幕。ピンカートンの卑怯っぷりがすさまじい。あとでわかったが、さらば愛の隠れ家の歌の有無でここまで印象が違うとは思わなかった。たかが言い訳とは言え、歌が良ければ印象が良くなるのだなぁ。

シャープレスが渡した金を蝶々夫人は受け取らないので、あとでスズキの袖の下にこっそり入れる。演出が細かい。

ケイトが最後に蝶々夫人に「握手してくださるわね?」と言う。「それだけはお断りします」と蝶々夫人は毅然として言う。

これ、カットする必要あったのだろうか? お互いの気持ちがはっきりと示される見事な台本と思うのだが。

最後、見事な所作で首を搔き切って倒れる。そこにピンカートンが駆け込む。いきなり子供の目隠しを取る。子供、しっかりと蝶々夫人の亡骸を見るのだかどうだか、こちらをにらみつける。オーメンの最後だぞ、これ。

というわけで、シーリの素晴らしさ、台本の不思議さ(3年たってシャープレスが相当日本に馴染んできたのかな)、1幕のだらだらっぷり(異国情緒をたんまり盛り込もうと狙って失敗したような)となかなかおもしろかった。というか、すさまじくおもしろかった。

日曜は新国立劇場で同じく蝶々夫人。

やはり、花嫁行列の音楽は、こちらのほうが圧倒的に美しい。夢みたいだ。

安藤赴美子は良かった。

甲斐栄次郎のシャープレスは理由はわからないが、好きだ(これが2回目だが前回観た時も実に良い印象)。

ボンゾの登場はまるで雷で、音はこちらの演出のほうが良い(3階のふすまをガラッと開けて登場するスカラ座の演出も好き)。

2幕を見ていると、あまり椿姫みたいには見えない。スズキの存在感がほとんどないからだ。単なるイエスマンになっていて、初演版のほうが蝶々夫人を支えようという意思を感じさせる台本になっているように感じる(演出が異なるからか、そもそも初演版から台詞をカットしまくっているのかも知れないが)。2重唱もあまり2重唱っぽくないが、これは主役と助役の歌手の力量さの問題かも知れないからよくわからない。

ある晴れた日の大砲は聞こえるか聞こえないかで、これはシャイーの音のほうが良いのではなかろうか。

オーギャンという指揮者はなんか普通の蝶々夫人という感じで、特に強い印象を受ける音はなかった。

3幕、マッシのピンカートンは良い。

それにしてもマントヴァ公の2幕始まってすぐの彼女を愛しているんだといい、さらば愛の隠れ家よ、にしろ、実に手前勝手な歌なのだが、良い歌によってちょっと印象を持ち直すというのはおもしろい。

おれは本当にプッチーニが好きだな。


2017-01-22

_ 新国立劇場のカルメン

拍手が止むかやまないかのうちにいきなり序曲が始まる。おそろしく思い切りが良い指揮に驚いた。イヴアベルで、この人の指揮はいつも好きだ。

ドンホセはマッシモ・ジョルダーノという人で実に良い声で気持ち良い。ミカエラは砂川涼子という人できれいな通る声で、ドンホセに伍していて良い感じ。カルメンも迫力十分。エレーナ・マクシモワという人。

エスカミーリョは最初、なんか通らないなぁと思うのだが、時々実に美声になったり、またくぐもったり、舞台装置との位置の問題なのかなんだか不思議な感じだった。

2幕は素晴らしい。3幕も悪くない。占いのところがなんだか妙に新鮮な感じ。

最後、山を降りるエスカミーリョの声がやたらとよく通って、ますますなんだか不思議になる。ボール・ブレッツという歌手。

3幕から4幕は休憩なし。

4幕の闘牛士たちの行進はおもしろいし、その後のホセの泣き言と未練たらしさの音楽はやはり好きだ。ジョルダーノは実に良い。

最後イヴアベルは三浦と手をつないだのは、合唱あってのカルメンだからか、合唱指揮者と指揮者の関係は本当に人それぞれだな。

1幕はちょっと退屈したが、カルメンはやはりよくできたオペラだなと思った。

終演後に、飯守監督による来季演目の説明。とにかくオペラとしてはだめなフィデリオを、しかしこれこそがドイツオペラの原点として楽しませるのだという決意表明みたいな感じ。何しろ聞き所?と聞かれて、囚人の合唱は良い曲で、新国立の合唱団は世界レベルだからどうしたとか、あまりオペラの聞かせどころ説明とは異なることになってしまうところが苦しそうだ。

そのあたりで演出にカタリナワーグーナーを持ってきて、退屈さを減らそうという魂胆がありそうだ。が、最近は美しい演出をするように変わってきたというようなことを何度も繰り返したのは、マイスタージンガーの素晴らしい演出に対する反感みたいなものがあることを恐れているのか、本気で言っているのかどちらなんだろう。


2017-01-19

_ 業務と機能(システムエンジニアというお仕事)

ちょっと絵を書いてみた。用語はおれさま用語なので違う言い方があればそれは知りたいし、カテゴライズについて異なる見方はいくらでもあると思う。

意見はツッコミまたはメンションでどうぞ。

で、上の絵の「2.支援」「4.分析」についての本が、はじめよう!プロセス設計。

はじめよう! プロセス設計 ~要件定義のその前に(羽生 章洋)

で、上の絵の「5.業務設計」と「6.支援」についての本が、はじめよう!要件定義。

はじめよう! 要件定義 ~ビギナーからベテランまで(羽生 章洋)

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ yohei [「営業」は「企画」な業態もあるのだろうな、と思いました。]

_ arton [確かに。この絵はその場合は、営業企画主導で開発されたソリューションをカスタマイズ販売する場合のフローになりますね。と..]


2017-01-15

_ マイクロサービスアーキテクチャを購入

昨晩は池袋ジュンク堂で高橋さんの2017年版このコンピュータ書がすごいに参加。

いろいろ買ったが(やはりドンカルロス スペインの皇子は無いな)、コンピュータ書では取り上げられていたマイクロサービスアーキテクチャを購入。

この2〜3年ほど、いつの間にか作られていた野生のマイクロサービス相手にいろいろ手直ししてきたが、あまりのひどさにここ数ヶ月で新規に設計し直して実装し直している。

おれの設計はどう考えても理に適っているし正しいが(必ずしも美しくはない)、そうはいっても世の中の趨勢とかけ離れているような見識や業界の狭さに起因する設計バグがあるかも知れないな、と考えたからだ。

そもそも野生でそのへんをうろついているくらいに、マイクロサービスは、分散システムではむしろ自然な実装形態となる。

問題は、依存性(実行時のDIとかだけではなく、設計レベル、仕様レベルでもあるし、配布レベルでもある)の解決と、状態の管理だ。

状態の管理からはセントラルコンテキスト方式が最適なのではないかと考えるが、他にも賢くて効率が良くかつ安全な方策が考案されているかも知れない。

依存性を減らすには、サービスの層を薄くするのが肝要ではないかと考えているが(野生のゴミクズは、何も考えずにモデルという名前のデータ転送オブジェクト、無意味に複雑なデータアクセス層、名前だけはリソースとなっている外部インターフェイス層の、典型的なばかの1つ覚え3層構造になっていてうんざりさせられたので、それに対するアンチこそが正しいと結論づけたからだ)、もしかすると異なる賢明な多層構造があるかも知れない。

というわけで今頃になって読んでいるのであった。

マイクロサービスアーキテクチャ(Sam Newman/佐藤 直生/木下 哲也)

というか、前書きにも名前がついたのは最近だが、普通に作ればマイクロサービスになるよなとか書いてあって苦笑する。そりゃそうだ。

_ マイクロサービスアーキテクチャの第2章

なぜか、マイクロサービスの本だと思って読んでいると2章が、アーキテクトの役割とは? みたいな内容で面食らう。

P.19のバグ

誤)「例えば場合」

正)「例える場合」

が、意図はわかった。

まず、再定義を行っている。

建築士ではなく、都市計画者。つまりシムシティをプレイするように進めろ。

常に変化し、市民の要求は変化し(退屈だ→野球場を作る→渋滞はごめんだ→公害をどうにかしろ)、しかし区画の中は放っておくか、環境(外部インターフェイス)を変えるかしか、手はつけられない。

で最初の時点で、フレームワークの作成者であれと書いている。

戦略目標←アーキテクチャ原則←プラクティス

の図はうまくまとまっていて参考になった。

復習とか再確認の章だ。

というか、全体がそんな感じとも言える。

悪くない。


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