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インストール時に「Visual C++ モバイル開発」となっているが(どこにあるか最初わからなかった)、気にせずに「Clang with Microsoft CodeGen (varried)」をチェックしてインストールする。
レディメイドのソリューションテンプレートはライブラリ用とわけのわからないフレームワークのやつしかないので、気にせず、Win32コンソールアプリケーションを選んでみる。
stdafx.cppとstdafx.hを削除する。
プロジェクトのプロパティのC/C++「プリコンパイル済ヘッダー」で、stdafx.hを削除したのでプリコンパイル済みヘッダを利用「しない」に設定する(やり方はあるかもしれないけど)。
構成プロパティの全般でプラットフォームツールを「Clang 3.7 with Microsoft CodeGen (v140_clang_3_7)」に変える。
デバッグ情報は最初から「完全なデバッグ情報 (DWARF2) (-g2 -gdwarf-2)」になっている。DWARF2なんだな。
規定で作られたソースファイルの拡張子をcppからcに変える。
先頭の#include "stdafx.h"を削除する。
ふつうにincludeする。
#include <stdio.h>
#include <stdlib.h>
#include <stdint.h>
などなど。
tchar.hのような特殊なやつは(stdafx.hを削除したから)なくなるがそれでOK。
インテリセンスはふつうに動作する。
しかし
char* ap[variable];
と記述すると赤い波線がつく。マウスカーソルをあてると「式には定数値が必要です」と表示されるが無視(というか、Visual Studioのコードエディタ自体がメッセージをもっているんだろうか? なんか無駄なような常時コンパイラを走らせるわけにもいかんだろうから当然なような)。Clangでコンパイルするには問題ないので気にする必要はない。
で、ビルドするとふつうにexeができる(x86、x64とも)。
デバッガもふつうに動作する。
というか、こうなると確かにCLいらない気がしてくるな。
C#のレシピ集を翔泳社から上梓しました。
SEshopのページ。サンプルのダウンロードはここから(翔泳社サイトでメールアドレスの登録が必要)。まだ無いけど正誤表も掲載されるはず(残念ながらすでにいくつかタイポを見つけてしまった)。
全体で319レシピ、520ページ強のピンクな本です(Kindle版も同時)。
それぞれのレシピ(だいたい1ページに収まる程度のリスト付き)を大きく20項目に分類してそれなりの順序、でも順不同に並べたものです(通読すると、さんざんそれまでのリストに使っているプロパティを取り上げたレシピが出てきたりするところがあって、多分世界で一番通読しているおれが?となったりするのがArray.Lengthだ)。
1章:アプリケーションの基本とコンパイル
コンパイラとかEXEとASPXのひな型とか。
2章:ネームスペースとアセンブリ
アセンブリからの情報取り出しとかネームスペースの書式とか。
3章:数値と日付
出るわ出るわで、異様に多いが、Formatの書式のレシピは自分でも便利。
checkedも入れてある(thanks @matarillo)
4章:ステートメントと特殊な演算子
このあたりは文法の説明です
5章:文字列
数値と同じでたくさんあるのはしょうがないな。
6章:配列
これもそれなりにある。
7章:コレクション
これも多いけど、主要コレクションを網羅しているので便利かも。
8章:クラス
半分以上は文法。
9章:ラムダ式
適用個所。
10章:構造体
能書き。
11章:ファイルの制御
FileとFileInfo。地味に便利な気がする。
12章:ディレクトリやドライブの制御
DirectoryとDirectoryInfoとDriveInfo。
13章:データベースの操作
System.Data.Common中心。DataContextも1つ。(これはおれの思想信条からSQL操作は生SQL最高というのがあってだな(SQLが最高という意味ではない)。でもなぜか過去の類書だとここにおれには奇異に感じる断絶があって悩ましかった。でもレシピ選定アドバイザリボードに聞いても時代が違うしいいんじゃないかという賛同をもらったのでこうなっている)
14章:LINQ
Skipが入りきらなかったけど、それ以外は全カテゴリあり。
15章:ネットワークと通信
おれにとっては1番楽しかった章(2番目はLINQだ)。
一応、UDP以外は網羅。WebSocketも入れた(thanks @atsushieno)。各エンコード、ハッシュ、暗号/復号もここ。
16章:プロセスとスレッド
プロセスは使い方(便利極まりないのでパイプは入れた)。スレッドは作り方。
17章:例外処理
文法と再スローの罠とか。それにしてもcatchってパターンマッチングですな。
18章:メタプログラミング
CodeDomまでは含めたけど(ここまではふつうの利用方法と思う)、ASTは無し(レシピ選定アドバイザリーボードの面々はなぜか皆、ASTと言ってくるが、それレシピ集の対象じゃないだろ)
19章:プログラム開発支援
微妙に1章とかぶりそうだが、System.Diagnosticsが中心。exe.configの設定でTRACEやDEBUGを外だし出力する方法とか含む。
20章:Windows環境
レジストリ、管理者権限、COM(フルダイナミックのExcelテンプレとか)。
内容は実際におれが使ったことがあるのがほとんどで(checkedは使ったことないのはその前にdecimalを使うからだが)、当然C#の仕様書とMSDNとStack Overflowを眺めていれば見つかる内容ですが、オフラインでさくっと眺められる点が一番の利点と思います。あと、おれはおれの書き方がすごく好きなので、ある種のコーディングスタイルのサンプルでもある(と言い切れない点があって、編集方針が変わって同じ翔泳社の従来のレシピ集より活字のポイントが大きくなったので見やすくなったのは良いけれど、リストの横幅と縦幅(usingを含めると縦が長くなり、完全修飾名で書くと横が長くなりすぎる)のために、相当元のサンプルコードに手を入れることになって、これが編集担当、DTP担当、おれ本人にのしかかって来たのだった)。
C#でプログラミングしている方はぜひお買い上げをお願いします。
それとレシピ選定アドバイザリボードの諸兄と、編集の宮腰、山本両氏、DTP担当の方、どうもありがとうございました。
ユーロスペースに行ったらかってないほど混んでいる。紅いコーリャンかゆきゆきて進軍か、というくらいに混んでいて驚く。フェイクが混んでいるのだった。おもしろいのだろう(このての映画館で始まってから1か月くらいが経過しても異様に混んでいるのは口コミが口コミを呼んだからなのだからおもしろいに相違ない)。
でも、おれはそれとは関係なくペドロコスタのホースマネーを観に来たのだった。こちらも1/3くらいは入っていた。
コロッサルユース、ポルトガル、ここに誕生すに続くヴェントゥーラの疑似伝記かつポルトガルとカーボヴェルデの近代史もの。
スティール写真が何枚か、部屋の中。暗い長い階段を赤いパンツ一丁のヴェントゥーラが延々と降りて行き鍵のかかった鉄格子の扉を医師風の男が空けて招き入れる。さらに下へ降りる。
どうも、ついにヴェントゥーラは死んでしまったようだ。
突如明るい病室。ヴェントゥーラが横たわっている(髭が少ないヴェントゥーラなので一瞬誰かわからなくなるが、髭が少ないヴェントゥーラが現実のヴェントゥーラ(たぶん死にかけて病室にいる)と髭が多いヴェントゥーラ(時空を漂っている)が入り混じる。
病室に招かれた人たち。子供と妻を寝かしつけたあと家に火を放った男、建築現場の3階から転落した男。どうも癲狂院らしい。いつものおっさんが(この人も赤いシャツのとき以外は良くわからなくなる)紹介する。ヴェントゥーラは家の中のカビだか毎日飲まされている薬のせいだかで手が震えている。震えていないときが時空戦士のときのようでもあり違うようでもあり。
故郷から妻が来る(同僚の妻らしい)。故郷の家のことを聞く。あのあと火が出た。家畜は? ホースマネー(馬の名前)はハゲタカに食い殺された。
というわけで、どうもタイトルは、食い荒らされて忘却の彼方にある失った故郷のことらしい。
妻が延々と結婚証明書などについて白衣を着て読み上げる。腕飾りを外す。
(ここに何かあった)
このときヴェントゥーラはしゃれた服を着ていてそれを指摘される。結婚式の直前か届け出の記憶の再構成か、または単なる妄想だ(というのは、生涯独身であったようなセリフがどこかで呟かれた記憶がある)。
突然、それまでの自然音から変わって音楽が流れる(音の記憶はあるが、シーンの記憶がない)
山狩り。赤いシャツの男が後ろから羽交い絞めにする。
エレベータの中で兵士と会話(ポルトガル、ここに誕生すだ)。
キーキーひっかくような音(エレベータの中で顕著)。
どの時点を切り取っても完璧な構図なことに讃嘆する。常に構図が完全な映画というのは不可能な気がするのだが、ここにはそれがある。
一方、長い対話は言葉がわからなく、抽象的な会話(ポルトガル史を知っていれば何が何だか当てはまるので具象的なのだろうとは思う)が完全な構図の中で延々と続くと集中力を持続させるのが難しい。珍しく2時間を割り込む短さなのだが、それでも完全に集中力を持続させることはできなかった。特にエレベータのシーンは兵士のメークの気持ち悪さ、耐えがたい音響、いつ果てるともない対話が辛い(それでポルトガル、ここに誕生すの記憶がまったく無かったのだなと思い当たる)。しかも構図は完璧で、多分、外部からの視線(つまり映画を観ているおれさま)を映画自身が持つ硬度によって跳ね返してしまい、完膚なきまでに批評的な鑑賞を拒否するからではなかろうか。とんでもない作家だ。
とてつもない傑作なのはどこをどう切り取っても明白(ホログラムのようだ。部分があれば全体は不要で、全体があればさらに見えないところも見える)。
それにしても世界は広い。
Ruby-2.4.0-preview1のテストをしていて引っかかった。
irb(main):002:0> irb(main):002:0> require 'fiddle' => true => true irb(main):003:0> irb(main):003:0> RUBY_VERSION => "2.4.0" => "2.4.0" irb(main):006:0> irb(main):006:0> lib = 'c:/progra~2/java/jdk1.6.0_45/jre/bin/client/jvm.dll' => "c:/progra~2/java/jdk1.6.0_45/jre/bin/client/jvm.dll" => "c:/progra~2/java/jdk1.6.0_45/jre/bin/client/jvm.dll" irb(main):007:0> irb(main):007:0> File.exist? lib => true => true irb(main):008:0> irb(main):008:0> Fiddle.dlopen(lib) Fiddle::DLErrorFiddle::DLError: : No such file or directoryNo such file or directory from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `initialize' from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `new' from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `dlopen' from (irb):8 from C:/Users/arton/bin/irb.cmd:19:in `' from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `initialize' from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `new' from C:/Users/arton/lib/ruby/2.4.0/fiddle.rb:47:in `dlopen' from (irb):8 from C:/Users/arton/bin/irb.cmd:19:in ` ' irb(main):009:0> irb(main):009:0>
なんか2重にエコーバックされて気持ち悪いがそこはどうでも良いので無視するとして、File.exist?が存在するといっているのに、Fiddle.dlopenは"No such file or directory"(大事なことなので2度言いましたなのはエコーバックが2重になっているからだろうが、バックトレースは2重にならないのが不思議でもある)をレイズする。
それでFiddle.dlopenがおかしいのだろうとみていたら、dlopen自身はWin32APIのLoadLibraryを直接呼び出しているのだった。
ということは、指定したDLLの有無ではなく、そのDLLがダイナミックリンクしているライブラリがPATHに見つからないことが原因(の可能性がある)。この場合は、JDK1.6.0はMSVCR71.dllを利用していて、そんなDLLをシステムが既定状態では持っていないことが理由だ。したがって、ENV['PATH']に、この場合であればC:\progra~2\java\jdk1.6.0_45\jre\bin"を追加すれば良い(PATHには\を使う必要があると思う。少なくともMSDNのLoadLibraryの説明にはディレクトリセパレータは\でなければならないと明記されている(When specifying a path, be sure to use backslashes (\), not forward slashes (/). ))。(もっとも、dlopenにディレクトリセパレータを/にしたパス名を与えても処理はされる。fiddle.cでは考慮していないが(再確認していないので確度80%)本当は呼び出し時にgsub('/', '\\')するのがMSDNによれば正しい)
というわけで、fiddle.cを読むまでにえらく悩んだ。
久々に上野でバレエ。
アルブレヒトはワディムムンタギロフという人。颯爽と出てきて性格は悪くないが困った王子に合っている。一方のジゼルはマリアネラヌニェスという人。ふわふわした子供っぽい感じのいかにもロイヤルっぽいジゼルで、足音もほとんどなく素敵だ。
母親がやたらと説明上手な人だったり、王様(か、その従者。黄色い服の人)が実にきびきびした手の動かし方で見惚れた。6人組では男女ペアが実にうまいものだった。
2幕。ウィリの女王がやたらと長い踊りを踊る。足音が結構するのであまりウィリっぽくない。墓をウィリが囲んで輪を広げるとジゼルが登場。
ウィリと書いて、メリーウイドウのヴィリと同じものなのかなと気づいた。
ヒラリオンは2人に連れられて池に投げ込まれる。
ロイヤルのジゼルはDVDで観ているが、演出というか解釈はちょっと違うように思った。母親が説明的なのだが、どうも母親は兄妹(母親違い)の関係を恐れているのではなく、どちらかというと単純に素朴な娘なので心配しているように見える。最後までしつこいアルブレヒトを投げ飛ばす。
それにしても観始めるまできれいさっぱり忘れていたのには驚いた。観ているとあの曲、この踊り、この人物でこの舞台と思い出すのだが。それとやはりバレエのオーケストラは技術的にはいまひとつだなぁと思った。
いつの間にかスノーデンのドキュメンタリー(87回アカデミー賞受賞という輝かしいのがくっついているけど、客の入りは90人のイメージフォーラムで1/3程度)を観にイメージフォーラム。
やたらときれいな風景を挟むスタイリッシュな作風なのは知らなかった(ローラポイトラスの作品はこれが初見)。イラクやグァンタナモのドキュメンタリーを制作したために、危険人物として常に監視下にあり出入国のたびに厄介な思いをしているローラのもとにPGPで暗号化されたメールが届く。送り主はシチズンフォー。
ガーディアン(そういえば今回のEU離脱で残留派が読む雑誌NO1だったな)の記者と香港のホテルで会い、撮影を始める。スノーデンはそれなりに良い男で、寝癖を気にしたりする程度には身なりにも気をつかう。アドミニストレータなので職務的にすべての情報にアクセスする権限を持つ。いつでも見られるドローンの撮影風景(攻撃を含む)を見ていて告発を決めたのだった。
AT&T、ベリゾンはNSAに協力をする。マイクロソフト、グーグル、ユーチューブ、フェイスブックなどなど9社が協力しているだか、監視対象としているだかと語られる。
途中でニューヨークでメタデータの意味を活動家に説明するハッカー。言葉はデビットとパスなんとかだが、字幕上はクレジットと地下鉄のパスというような言い方に変えているが、日本だとクレジット付きSUICAと考えれば良い。
SUICAのデータもクレジット番号もそれだけでは単なる標識に過ぎないが、2つが結合すれば、ある時点でどの駅を降り/乗り、どこの店で何を買い、食ったかが明らかになる。どこのISPと契約しているのかもクレジット番号からわかる。そういった情報の蓄積からプロフィールが作られる。芋づる式に同日同刻同位置に出てくるクレジット番号やSUICAの番号から仲間を知ることができ、そこからさらに別の個人を手繰り寄せていくことができる。
米国政府は、1920年だかに作ったスパイに関係する法律を適用して逮捕しようとする。権力の濫用などに対する内部告発者としてではなく、問答無用に逮捕と資料の廃棄を強制できるスパイとして扱う(最終的にその嫌疑が解消されるとしても、その過程ではなんでもできる)ことにしたのだ。法廷闘争は不可能ということになる。
香港の人権派弁護士たちの力を借りて最初は香港の国連、その後は協力者に匿われてモスクワへ行くが、そこでパスポートを失効させられたために宙ぶらりんの状態となるが、結局ロシアに亡命を認められて恋人を呼び寄せて暮らし始める。この恋人(おそらく家族も)は香港での取材中に電話でやり取りをするのだが、監視対象となっていた。
ガーディアンが受け取った資料の幾つかは廃棄させられる。
NSAの監視網の帯域(だと思うのだが)を記した世界地図が出てくる。この太い線がブラジルから伸びている。と、ブラジルの弁護士(かな、記憶があいまい)が画面に示す。見ると、日本は線の中に埋もれている。米軍基地があるというのはそういうことなのだな(HUBも良いところだ)。
プライバシーとは自由のことだ。嗜好も行動も自分だけが管理している状態と、それらがすべてあからさまになった状態は異なる。何が異なるかというと自由だ、とNSAを訴えた人が法廷で弁護士が語る。NSA側の弁護士は司法省の役人で、これは司法が出る幕ではない。と強固に主張する。司法の出る幕ではないとは何事かと、モニターを通して参加している判事が激怒する。
・日本の法廷では考えられないことだった。まず映画の撮影のためのカメラが入っている。判事のうち1人はテレビカンファレンスシステムを通じて参加している。
が、ブラジル人と違って日本で何か大きな動きがあったという記憶はない。
新たな協力者があらわれたらしきところで終わる。
友人の家で2015年2(3かも)のザルツブルク祝祭大劇場のカヴァレリアルスティカーナの録画を見せてもらった。
すごい!
指揮がティーレマンで、この人は顔つきが赤ら顔の酔っ払いぽくてイマイチ好きではないし、カウフマンは顔や演技は素晴らしいが声はしゃがれ声で汚いし、そもそもカヴァレリアルスティカーナはマスカーニの若書きだからメロディーはとんでもなく美しいがオーケストレーションも構成も単調で(同じセリフとフレーズの繰り返しが多い)、つまり面白くもなんともなさそうなわけだが、観てびっくり、こんな素晴らしい演奏は初めてだ。生涯のカヴァレリアルスティカーナのベスト中のベストだ。これに比べればシミオナートもテバルディもあったものではない。
まず、サンタが素晴らしすぎる。それはそれはおっかないサンタで見始めたのが(そもそもが、道化師見るかい? で始まったわけで、友人は僕がカヴァレリアルスティカーナを大して好きではないことを知っているので、頭出しをしようとしていたわけだった)、ルチア母さんのところにサンタがやって来るところからだったのだった。
まるで太ったあとに病気で死にそうになっているアンナネトレプコのようなおっかないメークのほとんどホラー映画の登場人物のようなリュドミラ・モナスティルスカ(この人、メトライブビューイングで何か観て声がきれいだなという印象はあったのだが)が素晴らしい。
惚れた女性が戦争から戻っていたら他人の妻になっていて、やけくそで村外れに住む八分扱いの孤児の女性に粉かけてしまったというトゥリドルの相手に相応しいのなんのって。迫真である。
一方、ルチア母さんがどうみても酒場の女亭主には見えない。タイプライターを前に事務机に座って眼鏡のインテリ女性で、ちょうどイェヌーファのお母さんのようである。当然、所属している層が完全に異なるサンタを汚らわしいものとして扱う。ひでぇが、ここまで強力なルチア母さんも初めてだ。
リュドミラもすごいがこの演出もすさまじい。
ばかみたいにワイド画面なザルツブルグ祝祭歌劇場の舞台空間を活かして、縦2層横3場の計6個のスクリーンを自由自在に開けたり閉めたりして場を作る。というか、歌手は次々と裏から別の空間へ移動するのだから大変だろうが、そんなことはお首にも出さない健闘っぷりだ。
馭者登場。というか、マフィアの親分じゃん。(ファルスタッフ歌手のすごい人。貫禄はマーロンブランドの3倍はある)子分のギャングたちもすごいぞ。
街の景色が右上に(これは画)で出る。
見たことがあるスタイルだ。未来派っぽい。縦の線。
思い出したが、パルコ出版のアールデコで見たリンドワードの神人の摩天楼だ。リンドワードかどうかはともかく、これで演出家が意図するのは1880年代のシチリアではなく、1920〜30年台のシチリアだということが明らかとなる。
ローラとトゥリッドはまるでラボエームのミミとルドルフォのように屋根裏部屋の窓から街を眺めている。
ルドルフォは典型的な失業者の風体で出てくる。無精髭、ランニング、作業ズボン。こうなると、カウフマンに敵はいない。汚いしゃがれ声かどうかはどうでもよくなり、サンタに暴力を振るいながら脅しつける役回りにぴったりだ。
退屈な音楽はといえばティーレマンが自由自在に音をつけてテンポを変える。こんな指揮もできるんだな(またドレスデンがちゃんとついてくる。時々カウフマンのテンポとあわなくなる感じはするが、それがライブだ)。
かくして、ギャングが支配する街でルサンチマンのとりことなった人たちがお互いを憎みあいながら一直線に物語が進む。
すげぇ傑作じゃん。
最後のママどいて、こいつ強すぎのところがまた冷酷な現実となる。ルチア母さんは立ち上がるとそっぽを向いて、どれだけ別れのキスをせがまれても、一切相手しない。カウフマンのトゥリッドは絶望のうちに腹をさされて教会の通路をのたうち回る。
サンタは成長した息子と平穏に?暮らしている。
マスカーニ: オペラ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」/ドーヴァー社/全曲版 大型スコア(-)
これは本当に素晴らしかった。
UKのEU離脱国民投票が事前の48%離脱52%残留予想から蓋を開けてみたら52%離脱という結果となった。
BBCの結果分析だと離脱勝利の原因は、極端な恫喝に対する嫌悪、福祉予算増額期待、問題のすり替え(移民)、首相の権威低下、労働党の官僚化、ポピュリズム政治家の台頭、老人層(留保つき)、そもそも英国は欧州ではない意識と分析している。
傍目には移民問題に持ち込んだ離脱派の戦略勝ちということになるのだろう。
そこから英国在留邦人の3つの考えがおもしろい。BBCの分析のある特徴のみに特化して裏側から同じことを言っているだけなのだ。
移民は問題じゃなくてサッチャー以来の福祉切り捨てが問題。それが移民問題にすり替わったことが原因。これは正しいと考えて良い。BBCの分析でも問題の「すり替え」≒ポピュリズム政治家の台頭とされている。
移民問題ですよ。上のでボロクソに言われているもの。おもしろおかしく部外者が解説しているわけだが、しかし離脱に投票した気分というものが実に良くわかる。こういう考え方が実際に蔓延しているのであれば、それは離脱票を投じるのが合理的になる。
生活者目線での投票行動について。やはり一番上のでカス扱いされているが、しょせん国民(政治も経済も素人であるが、生活のプロたち)の投票なのだから、一番足下が落ち着いている。BBC分析の1、4と5に相当する。
なんというか、ちょっと調子に乗りすぎている自民党にお灸をすえてやる(というような表現を山が動いた事変のときに良くみた)という気分があれよあれよと何の準備もしていない無定見な政党に国政を任せることになった状態に近いものがあるのだろう。
ここから学べることは、2元論の過半数多数決はとても危ういということだ。ある程度の多元論でいずれも過半数を取れない状態での連衡合従が(2元論よりコストはかかるが)安全策だということだ。
日本にあてはめると
・小選挙区制(2元論化しやすい)
・憲法の国民投票(過半数で決めて良い問題ではないものが一発勝負となる可能性が高すぎる)
あたりは実に危険極まりないということになる。
ジェズイットを見習え |
_ いがぴょん [素敵な書籍を作っていただき、とっても大変ありがとうございます!]
_ arton [ありがとうございます!]