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そうだろうな。
でも、まだ紆余曲折はありそうな気もするな。ってのは忘れっぽいだからだ総体として。
最初、誰かが気づく。ツメコミってのは、自分の頭で考えないで口を開けてるだけな状態を生みやすいってことに。そこでがんばるとその時点でのいろんな知識やノウハウを獲得できるからえらく優秀ではあるけれど、無から有を作ったり、なんだか創意したり工夫したりは苦手な人ばかりが出てくるらしい。っていうか、「その時点」では役に立つけど、「別の時点」に対応できんだろう、それでは。(注:その対応できなかった状態を90年代に見てきたと言うことができるわけだ、とおれは思うな。)
そこで、ツメコミはまずいと気づいた人たちがそれに対して軌道修正を入れる。自分の頭で考えるための余地を作るってことを。つまり、むやみとツメコマずに、ユトリを作るってことだ。
ところが、最初のうちは、まだツメコミ指向が残っているから、せっかくのユトリになにやら妙なものをツメコンでしまっていたりして。そのあたりのハイブリッドな人たちは実はもっとも豊かな可能性はあるのだが、声の大きい総体としてはあまりそうは感じない。
というのは、不思議なことに、ユトリという軽蔑語のようなものは見かけるわけだが、ツメコミという軽蔑語をみかけないからだ。
実験した理由、その結果、そういうものはちゃんと総体としての知識に組み込んどいたほうが、無駄な軋轢を生まなくて良いだろうな、と思うわけで、そうしているのであった。
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