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日々の破片

著作一覧

2008-03-29

_ カルメン

新国立劇場で、カルメン。ヒゲの中尉が酒場で音頭をとる舞踏が良かった。

しかし何より、朝倉摂の舞台がすばらしい。4つの柱で(照明の人もよいのだが)牢獄になったり酒場になったり闘牛場になったり実に美しい。最後は血にそまる十字架かな。

シンプルで巨大な装置と照明といえば、マリンスキーリングをちょっと想起したが、はるかに鮮烈であった。

_ 今日、麩のかぶと

今を去ること30年ちょい前くらいに、怖い話というのがはやった。深夜放送ネタなんだろうか? で、よってたかって怖い話をする。江戸時代に洒落者の間ではやった百物語の、80年代バージョンだということにしておく。

たとえば、タクシーを四つん這いで追いかける老婆とか、濡れそぼった後部シートとか、崖の向こうのおいでおいでとか、消滅する餃子の峠道とか。

で、恐怖の味噌汁というのがあったのだが、さすがにあまりにばかばかしいので、それはどうでも良い。

というわけで、やっと1年と3か月ぶりに本棚から取り出し、一気に読んだ。

恐怖の兜 (新・世界の神話)(ヴィクトル ペレーヴィン)

いや傑作でしたわい。

しかし、この、奇妙な、無機物と有機物、元素と意思、がぐちゃぐちゃに混ざった世界、どこかで読んだような……と思って、本棚をさがすと、以前、友人が貸してくれて、あまりのおもしろさに老後の楽しみに永久保存することにした、СПИ(spiだな)を取り出してみると(追記:邦題は「眠れ」となっていた)同じ人じゃん。というか、向井さんのところにも書いてあったがまったく失念していた(のは、邦題ではなく原題で覚えていたからだ)。アマゾンには出ていないようだが、群像社という出版社の文芸的(ちくまの森みたいなやつ)文庫本だ。っていうか、返さなくてもいいのかな、よくないだろうから、代わりに恐怖の兜を友人には渡すことにしよう。

で、兜のほうは、向井さんの紹介がすばらしいので、おいておくとして、ここではСПИに収められた『ゴスプランの王子さま』について書いてみたい。勝手にしやがれ。

というか、この短編集(СПИは2部構成で、第1部が『ゴスプランの王子さま』という連作短編集(たぶん)、で、第2部が『眠れ』という短編集となっている)、しょっぱなの『倉庫ⅩⅡ番の冒険と生涯』があまりの傑作で、他の作品を読む必要がなくなってしまったので、それだけ、つまり16ページしか読んでいないというわけだ。

そのためには、まずゴスプランから語らなければならないだろう。あたりまえだが、Gothのplanじゃないぜ。ソビエト連邦の経済基盤を形成する脳髄とでも言える組織のことだ。

冒頭を引用する。

はじめに言葉ありき、といってもたぶんその言葉は一つではないだろう——しかし、かれはそのことは何も知らなかった。自分がゼロであった地点において、かれは、新鮮な樹脂の香りを発散させている板が、湿った草のあいだに山と積まれ、黄色い断面で太陽を呼吸しているのを見出した。

かれとは、もちろん、表題のとおり、倉庫ⅩⅡ番だ。比喩とかではない。文字通り、主人公は倉庫だ。もともとは単なる自転車置き場になる小屋だ。だからといって、屋根について議論をしたりはしない。過去の記憶には結構、悩まされているが、ネズミとおしゃべりするような社交的なやつではなく、ひたすら思索する。子供ころは、隣の車庫にいろいろ聞いてランボさんのようにうざがられたりするが、そのうち、ちゃんと成長もする。別に持ち主や町の成長を見つめて歴史を語るような、語り部でもないぜ。単に、それは倉庫なのだ。

彼は恐怖する。

中庭をかれのほうに樽が転がされてきた。まぎれもなく、かれのほうに。(中略)

樽は身の毛もよだつような代物だった。それは巨大な(中略)が、樽が中に運び込まれ、床の上を転がされて一番中央に据えられたのを、意識を失ったⅩⅡ番は見ていなかった。

なんて、おそろしい運命! なんと不幸な主人公! なんて、読者のこっちはこれっぽちも考えないだろうか? もちろん考えない。倉庫が本当に倉庫だから、客観的な読み方が封じ込まれるからだ。読者は主人公とともに、倉庫になりきり、樽の恐怖に恐れおののくはめになる。あー、こわかった。

もちろん、恐怖するには理由がある。樽はこのあと、恐ろしい陰謀と精密な罠を使って、倉庫を完全に破滅させるのだ(比喩じゃないよ。本当の本当にだ)。

つまり、おもしろい。つまり、文学というのは、文字と言葉と文と段落から構成された実験であり、抽象的な(当然だ)時間と空間を存在させることであり、それを正しく構成する能力を持った人がたまにはいて、そういう人はまぎれもない文学作品を生み出す、ということだ。

眠れ―作品集「青い火影」〈1〉 (群像社ライブラリー)(ヴィクトル ペレーヴィン)

(ないと思ったら、あった。ペレーヴェンで調べてたらしい。というかアンドレ・プレヴィンのプレヴィンと同じ綴りだな)


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