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さて、古い本整理シリーズも残り時間が短くなったのに、読むのに4日かかったのが、柴田錬三郎の赤い影法師だ。
途中、なぜおれはこんなもんを読んでいるのかという疑念に苛まされたりもしたが、まあ、確かに傑作伝奇小説の名に恥じぬ傑作ではあった。
冒頭がいかしている。
――お?
檜の密林の中を、一上一下する杣道を辿って来て、急に明るい陽ざしの中へ出た服部半蔵は、不審の眼眸を、あたりに配った。
まず、密林が檜だという点。次に杣道(そまみち)を辿る(たどる)の山重ね、眼眸という言葉の美しさ。どうでもよいがIMEの辞書にはないけど、がんぼうと読む。ふしんのがんぼうで、脚韻となす。一上一下もIMEの辞書にはないがいちじょういちげ、杣道は登録されているけど。
というぐあいに、服部半蔵の木曾の山中への旅に始まる。目指すは影の一族が潜む隠れ里だ。先年、服部半蔵は主君石田三成の首を盗んで捕まった忍者「影」を救ったことで、その助力を願える立場となった。かくして、夏の陣を控えたここ一番の大勝負にその秘術の助けを乞うために木曾までやってきたのであった。ところが、影はすでにして老境に入り、立ち居すらままならぬありさま。しかし、影には殺生関白比叡入りの夜、奪いし白拍子との間に秘蔵の子供あり。
半蔵の、影の子供との共闘と別離、江戸幕府の成立、寛永の御前試合と話は進み、家光の前で繰り広げられる兵法家同志の死闘とその裏で暗躍する影とその子(三成の家来の影の孫にして、服部半蔵の息子)、孤高の戦いを強いられる老境にさしかかった服部半蔵、一流を守るにきゅうきゅうたる柳生宗矩、その座を襲わんとする小野一刀流の忠常、幕府公認のもと武蔵野に5万石の隠居を構える真田幸村、その従者猿飛、悲運の武将荒木村重(秀吉の罠にはまって信長に攻められることになり滅亡)の孫娘と生き残った枯淡の境地の老剣士鴨甚三郎、いろいろ便利な役回りで大活躍の春日局、薩摩に潜む豊臣秀頼、突如出てくる由比正雪、と登場人物は多士済済、あちらで血煙、こちらで血しぶき、男は斬られ、女は犯られ、最後は井の頭の森の中で、公儀1000人対真田150人の大血戦の火蓋が切られる物語。
出てくる人物は、柴田錬三郎らしく、どれもこれも血も涙もない人非人ばかり。唯一、服部半蔵がわが子を想う突然のおやじ心が痛々しい(鴨甚三郎もすごくいい味を出しているが、どうも、老人がやたらと良い役を与えられているのはおもしろい)上に、最後は突如の無理心中いかばかりか。
でも、おれが一番好きなのは、宮本武蔵に鍛えられたおかげで人格を喪失してしまい、ただただ前進しては荒木又衛門に斬られる喪神の美剣士(しかしまったく魅力というものが欠如した)宮本伊織の恐るべき戦いっぷりだけど。
言葉は精緻、文章は練達、物語は無碍、でもまあ過去の遺物ではあるな。
書影を張るためアマゾンを見たら続編もあるなぁ。
過去の遺物とは言え、本物は良い物だし、たぶん、そのうち読む。
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