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日々の破片

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2009-09-21

_ オテロ

新国立のオテロ。

にわかベルディなので、当然のように初めて聴く曲で、なかなか掴めなくて苦労する。

全体としては1幕の最後に愛する男女の2重唱、2幕の途中で別々のこと考える2組のカップルの4重唱、3幕で大合唱、4幕で孤独に悶えるモノローグのアリアというベルディパターンなのだが、個々の曲は、口笛で吹けるベルディ(乾杯の歌とか女心の歌とか)、鼻歌で歌えるベルディ(ジプシーの唄とか、アイーダの行進曲とか)がまったくなく、むしろ交響楽的で、とまどう。

帰宅してからプログラム(さすがにわけわからないので買ってしまった)を読んで、どうやら、アイーダで頂点を極めたから、さて、あとはモーツァルトの顰に習ってレクイエム書いて、死ぬまでロッシーニのように遊んで暮らそうと計画していたのに、なんのはずみかワーグナーを聴いてしまったために、このままではおれは歴史に埋没するマイヤベーヤ、と奮起して猛勉強して作った作品だということがわかった。

なるほど、それでなのか。といろいろ納得する。イヤーゴがハーゲンみたいに感じるのもそういった音楽的な性格づくりの結果として同じような形になるからかも知れない。

が、そのような構造的なことはさておき、オペラとしてはとても深く感じるものがあった。

オテロもデズデモーナ(声量でオーケストラに負けるところもあったが、総じて僕には声も姿も美しく、デズデモナとして文句ないように思った)も、イヤーゴも、天下の大名人というわけではないし、オーケストラも指揮も天下の名演奏というわけではないし、演出も驚天動地の新機軸というわけでもなんでもないが、すべて合わせて、実に良い感じだった。ふつうに良いオペラを観られた、ということだ。これまで感じたことがない、成熟感とでも呼ぶべきものを、今日のオテロから、すごく受け取れた。実に良いことだ。

しかし、オテロはテノールなのだな。だが、これは少し不思議だ。テノールでありながら、役がらはバリトンかむしろバスが似つかわしい考えてばかりの役回りで、明るさが必要なわけでもなく、にも関わらずテノールなのだ。ああ、と時々、思い出すのはオテロが英雄だということだ。最初に舞台に姿を見せて、キプロスの人々に勝利を告げるところまでは確かに英雄であったのが、その後は、最後に剣を振り回し、自らを短刀でけりをつけるまでは、ずーっと、英雄ではなく振る舞うのだが、最後にまた英雄として死ぬのだから、この役はテノールでなければならないのだろう。

そこから、オテロ(オセロ)と言えばとにかく思い出すのは、白いハンカチを徹底的に強調した、オーソン・ウェルズの大傑作のことだ。

オーソン・ウェルズのオセロ [VHS](アンティゼ・ブリッツィ)

アテネで観たのか(マクベスはアテネで観たのは間違いないが、オセロはもしかするとシネマテンあたりで観たのかも知れない)、シェークスピアはウェルズに限ると強い印象を受けた作品だが、これもまた、英雄の映画であった。

シェークスピアの4大悲劇の中でオセロは奇妙なポジションにある。ハムレットはデンマークの王子の王権奪取のための艱難辛苦の物語、マクベスは魔女にたぶらかされて力量を無視して僭王となった男の滅亡、リア王は権力の分配に失敗することで破滅する王者の物語、と、いずれも国のレベルの劇なのに、最後のオテロに関してはいささかスケールが小さくて、なぜこれを含めるのか、という気にさせられる。

が、それが英雄の物語であれば、話は異なる。悩みが強調されるもののハムレットは深慮遠謀に長けた英雄だし、マクベスは野望のために命を賭けた英雄だし、リア王は英雄として生きようとして破滅した男だ。オセロは当然のように同列となる(そこが有名ではあるけれどロメオとジュリエットがこれっぽっちも4大悲劇にはかすりもしない理由となる)。

ベルディがオテロを対ワーグナー戦争の駒に選んだのも当然のことなのだな、と納得する。自分の客を満足させられる愛憎劇でありながら、仮想敵国の重量級兵器と対等な英雄譚だからだ。

と、いろいろおもしろかったのだが、おれはワーグナーのほうが好きだなぁ。

_ オテロと神々の黄昏

あれからいろいろ考えてみるに、オテロは音楽(メロディと調とリズム)と台詞詳細はこれっぽっちも思い出せないが、音色と劇の構造についてはいくらでも思い出せるので、さらにいろいろ考察が進む。

抜群におもしろいのだ。

まず、おれが昨日仕入れた知識とこれまで持っている知識から得られる背景として、ワーグナーは、イタリアのベルディのことなどはなから相手にしていない。あいつは、自分のことしか考える必要がない男だ。で、神々の黄昏の上演は1876年8月、つまり明治天皇が7月20日に明治丸で横浜に帰還した翌月で、1874年に日本のフーシェが引き起こした内乱が新風連の乱と萩の乱で終結する年のことだ。まともな構想は1850年代、作曲は1869年(明治維新の翌年から1874年、つまり佐賀の乱が始まるまでのことだ。同じ年に万国郵便連合ができて、国際通信が確立される。

ヴェルディがオテロを本格的に作り始めるのは、1881年で完成させたのは1886年。つまり、オテロは、神々の黄昏より後のことだ。もっとも1876年の初演をベルディ自身は観ていない。歴史としては1871年にボローニャで観たローエングリーンで奮起したことになっている。が、国際情報網が確立する時代のことだ。アルプス山脈の向こう側とは言えバイロイトで行われた初演の様子は確実に伝わっていただろうし、その劇的構成から音楽的分析までリコルディやボイトあたりから情報化されて受け取っていたことは想像できる。

つまり、オテロと神々の黄昏の劇的構造の類似性に注目したい。

神々の黄昏は、英雄としてラインを下りはじめたジークフリートがギュビッヒの河岸に寄港したところで、ハーゲンの奸計に陥り英雄性をはく奪され、ブリュンヒルデを頭から完全に消し去りただの卑怯者として殺される。それをブリュンヒルデが自己犠牲により再度英雄としての死へ高める。

オテロは、英雄としてキプロス島に帰還したところで、イヤーゴの奸計に陥り英雄性をはく奪され、デズデーモナのことだけで頭がいっぱいになりただの嫉妬に狂う異常者として妻を殺す。そこでイヤーゴの妻の告発によりすべてを悟り(だが、それは台詞上であり物語としては妻の死による)英雄として自刃する。

ここに描かれているのは英雄の失墜と昇華の物語で、キーとなるのは奸計と妻の死だ。ただし充満と消去という逆方向でそれが行われる。

この劇的構造の相似は、オテロの原作が他の誰でもなく天下のシェイクスピアだという点で完全に隠蔽される。ワーグナー的なものとは、無限旋律という技術だけに留められる。それにしても、歌の最後に管楽器を唱和させることでそのまま次に続けるという技法が(歌はフェードアウトするのだが、全体的な音量としては元の水準を維持できるので切れ目がないように感じさせる)、異様にわかりやすいのは、イタリアの観客に対する教育的な配慮があるのかも知れないが、ワーグナーのパロディのように感じる瞬間もあったな。

というわけで、より分析的に聴きたくなるのだが、はて、何を買うのが良いのだろうか?

歌手だけで決めるのなら、これしかないのだが。

オテロ*歌劇 [DVD](デル・モナコ(マリオ))

やっぱデルモナコ好きだな。

英国ロイヤル・オペラ ヴェルディ:歌劇《オテロ》全曲 [DVD](ショルティ(サー・ゲオルグ))

ショルティは構造を明らかにできるし良さそうではあるが、ちょっと古いかも。

ヴェルディ:歌劇《オテロ》 [DVD](ミラノ・スカラ座管弦楽団)

ムーティ(最近、スネイプ先生っぽい)はいやかな。

というか、ジュリーニとかは無いんだろうか?

あと、おれはとにかく古臭い服を着たオペラは嫌いなのだよな。むしろ昨日の演出で持ちたいな。NHKでやらないかな?

でもまずは小田嶋訳を読もうかな(歴史がからまないから読んでなかったんだよね)。

オセロー (白水Uブックス (27))(ウィリアム・シェイクスピア)

むむ、ヴォルフガング・ヴィントガッセン(文句なしのワーグナー歌手)のオテロがあるが、その他の情報が読めない……

Verdi: Othello [DVD] [Import](Windgassen)

に惹かれたが、最終的に演出が新し目でランボさん頭のバレンボイムに決定。

Verdi:Otello [DVD] [Import](Daniel Barenboim)


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