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日々の破片

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2009-10-24

_ マスカーニ

おそらく、パリアッチョ、コロンビーナ、アルレッキーノという3人組のわかりやすさとか、カニオの衣装をつけろとかのせいだと思うが、僕にとってついさっきまでは、ヴェリズモオペラというのはレオンカヴァルロのパリアッチョのことだった。

が、子供が図書館で借りてきたシミオナートとデルモナコのカヴァレリアルスティカーナを聴いて、それは間違いだと気付いた。

圧倒的に、マスカーニの村の騎士道のほうが音楽として優れている。

ついさっきまでは、カヴァレリア・ルスティカーナは道化師だけでは間がもたないからついでに皿にのっけて置くパセリの一種だと信じていた自分の不明を悔やむ。

マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ 全曲(デル・モナコ(マリオ))

前奏曲からしてまったく異なる。弦の重ね方、ハープの効果的な使い方、音楽そのものだ。(追記:2度目に聴くと2流の若きシェーンベルクみたいだけど、でもそのくらい美しい)

もっとも、幕が上がると3流のジョルダーノみたいなメロディ(なんかラママモルタみたいだ)で唄が始まって、ちょっと拍子抜けするのだが、それでも、次々と組みあわされる歌と弦の絡み合いの美しさ、どうしてこれまで気づかなかったんだろうか、まったく。

_ これでおしまい

こないだ15巻が出たと思ったら、もう最終巻が出ている。

ふたつのスピカ 16 (MFコミックス フラッパーシリーズ)(柳沼 行)

_ 時代の変化に鈍い人

テクノロジーに言及しながら今後の社会のありようについて語る人が、テクノロジーの変化に伴う状況の変化を理解できずに怒るという低劣な現象を見かけることがある。

有名あるいは高名であるということは2つの事象をもたらす。

1つは、声の届く範囲の広がりだ。

そしてもう1つが届いた範囲の確認の不可能性である。

それはテレビ時代にはその通り。有名人が出る番組を100万人の人が観る。その100万人が何を考えたか、有名人は知りようがない。運が良ければ、一定数の知識人(良識人)からの手紙あるいは番組への声のようなハガキを参照できるかも知れない。それが知識人(良識人)からのものだということは、彼らの声を伝えられるメディアが文字通りリテラシを求めることから自明だ。そしてごく少数の明らかに異常な、現在の言葉を使えばストーカーからのもの。それは明らかに異常なゆえにすぐにわかるものだった。

この有名人が、自分の活動の場をWeblogなどに移すと、彼はこれまでに得ている高名(有名)であることの2つの特徴のうちの後者が、テクノロジーによって様変わりしていることに気づける可能性がある。

Weblogへのトラックバックやコメント、あるいはブックマークサービスなどが、テレビ時代には不可能だった「みんな」の意見を伝えてくるからだ。

80%の人たちが、その王様に対して絶対服従し、祈り、感謝し、平伏している様相が見えるかも知れない。

あるいは80%の人が、その王様の裸んぼぶりを観て楽しんでいた、という恐怖の真実が明らかになるかも知れない。

いずれにしても、それはテクノロジーが可能にした実相というものだ。

しかし、ある種類の人たちは、そこで明らかになった実相を受け入れられない。特に後者であれば当然だろう。

かくして彼は、それがテクノロジーの誤りであると考える。あるいは、テクノロジー提供者の悪意によって仕掛けられた陰謀と考える。

そして大騒ぎする。

これはどういうことだろうか。

この広範囲に相互に参照可能なテクノロジーの上でのコミュニケーションを考える場合、後者を受け入れる覚悟が必要だということだ。

それを避けることも可能である。閉じたコミュニケーション空間(SNSやIRCを想定してみよう)を気の置けない仲間同士と構築する。それは、新しい革袋に古い酒を入れることではあるが、そこから得られるものはもちろんある。

しかし、有名(高名)でありかつ開いたコミュニケーション空間に入るということは、それまでには存在しなかった世界、新しい革袋の新しい酒で乾杯することを意味する。たいていの場合、その味は苦いものかも知れない。

ということが書いてあるわけではないが(注)、PUBLISH, THEN FILTERのFame Happensの節を読んでいて考えた。

Here Comes Everybody: The Power of Organizing Without Organizations(Shirky, Clay)

注)実際に書かれていることは上の逆に近い。同じWeblogツールを利用していても、有名でないyou and meにとっては5人の友人からのツッコミと10人の通りすがりのメールに返答することは従来からの日常の延長に過ぎない。しかし有名(高名)な人間にとっては10000人の見ず知らずの人のツッコミと100000通のspam(ということにならざるを得ない)に返答することは技術的に不可能なことだ。したがって、テクノロジーによって、you and meと有名(高名)人の距離はかってないほど近づき、しかも双方向に見えるかも知れないが、それは幻影に過ぎない。この50年の最も重要なメディアとは電話とテレビだ。コミュニケーションとブロードキャスト。インターネットは双方向メディアを技術的に可能としたが、しかしこれらのツールの融合を与えることはできない。(上記の節の大意。おれの英語力の限界内で)

……そこでさらにおれは考える。もし、それが単なる140文字の無分別な掲示板であり、きわめてゆるく、しかも刹那的な結合しかなければどうか? ほんの少し、何かコミュニケーションとブロードキャストの溝を埋めかけているように思える。不思議なものだ。


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