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日々の破片

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2012-10-06

_ ギッシング短編集がおもしろかった

ウィーン世紀末短編集がおもしろかったので、久しぶりに短編小説でも味わうかと本屋に行き、同じく岩波文庫を探すと、赤色のやつ(海外文学は赤、東洋は青というように分かれているのだ)で短編小説はギッシングという初耳のイギリス人のやつしかなかった。まったく興味はひかれないが、短編小説を読むという初志貫徹で買って読んだらやたらとおもしろかった。

ギッシングは、1857年から1903年まで生きたということは、ほぼ明治の文豪たち、つまり森鴎外とか幸田露伴とか二葉亭四迷とかと同世代の人間だ。

で、読了し賛嘆したあと解説を読むと、この作家の歴史的背景が解説されていて、それも興味深かった。

資本主義が確立されて、社会資本が蓄積されると、社会を回転させるためにより生産性を高める必要が出てくる。そこで必要となるのは教育だ。というわけで、義務教育の萌芽が生まれる。それまで働いて家帰って飯食って子供を作るだけだった労働者とその子弟は、字を読むという娯楽を手に入れる。手に入れたけど、ビルトゥングロマンス全3巻を読めるほどには教養も時間もない(1日12〜16時間労働じゃなかったっけ)。そこで短編小説ですよ。

というわけで、すでに長編作家として名が売れるようになってきたギッシングは短編小説の世界に飛び込み、売りまくる。書きまくればいやがおうでも上達するので、すぐれた短編を残して21世紀にユーラシアの反対側の日本でおれが読んだりすることになった。

なんということだろう。

識字率が上がって庶民の娯楽として文学が市場を形成した時代の作家の作品を、識字率が下がって(なこたないはずだが)庶民の娯楽から読書が消え去った時代の読書人が読むことになるとはね。

で、ギッシングの人生も波瀾万丈、大学生の頃、街角の天使に入れあげて身請けのために金を使い果たしてついに盗みをはたらいて逮捕、放校、新大陸へ逃げてそこで金のために売文に手を染めて……。

でも、重要なのは作品だ。

ほとんどがイギリスの当時の人たちの人生を短くまとめたものだ。

あー、サキの国でしたな、という皮肉と辛らつさ、登場人物は出てきた瞬間に、愚鈍そうだとか、功名心をちらつかせる下卑た目つきをしているとか、頭は人並み以上には良さそうだが大して美しくも無いだの、さんざんこき下ろされる(だけとも限らない)。

何しろ、最初の作品に食らわされた。

画家(あまり褒められていない)が田舎で列車待ちの時間をつぶす必要が出てくる。歴史遺跡の街なのだが、あまりそのての教養を持ち合わせていないので丘を散歩する。腰をおろして風景を楽しんでいると(実はあまり良い紹介をされていないし、本人が謙虚なことを言うのでなかなか気付かないのだが、当代きっての風景画家なのだった)、上品で利発そうな田舎にはふさわしくない子供(兄と妹)を見かける。話はじめると、それなりに教育を受けていることがわかる。おじさんは何しているの? 画家なんだ。へーん、僕のお父さんもそうなんだよ。しかも風景ではなく宗教画なんだ。え、この時代に? そう。それを復活させるために生まれてきたのさ。

興味をひかれて家へ案内してもらう。

すると、青いひらひらしたブラウスを着て、功名心がちらつく目つきの若い男がやってくる。お父さん、この紳士も画家なんだって。ほー、お越しくださいましてありがとうございます。

と、家へ案内される。宗教画は2階で制作中だというので案内されて上へ行く。

画家はあまりのことに完全に沈黙してしまう。

ここまで独りよがりのだめな画を見るのは初めてなのだ。独学の悪い例のすべての要素が詰まっている。なんということだ。歓待の礼を言いたいのに、何一つとして褒めるべきものがない。(このくだりは是非、原文の見事な翻訳で楽しみたい。ここまで下手な画を的確に描写したものを読むのは初めてだ——まあ、そんなものは普通描写されないからお目にかかれなくてもしょうがない)

えー、とおれは驚く。サキの国の作家だと気付いたのはこの時だ。それまでの描き方から、埋もれた才能を発見した2流の画家が地方へ埋もれたままにするか、さもなきゃすごい才能だが時代と折り合いがつかなくて(画がでかすぎるとかそんな理由から)埋もれたままとなるのだろうと、「境遇の犠牲者」というタイトルから想像していたからだ。

一方、父親のほうは、画家が凍り付いているので悟る。悟っているのだが、その一方で、しょせん流行の風景画家、宗教画の良さを理解できないっていう可能性もあるじゃん、とかも考えている。

狼狽した画家がふと机に目をやると、水彩の風景画が置いてある。え? とびっくりする。明らかな才能が、まだ開花しきっていないとは言え、そこには刻み込まれている。

あー、あるある。

本来の才能とは異なる方向へ道を間違う若者だったのか。

いや、この画はすばらしい。私の画を贈るのでもう少し見せていただけないか?

宗教画はどうですか?

なんと、図々しいことを聞く間抜けなんだ。と画家は驚くが、いやいやこれだけの風景画を描く男のことだ。この部屋は大作には狭すぎる。全体の構図を見渡すことも難しいではないか。まずは、小さいキャンバスに描きなさい。

さらにその後、物語は急展開しながら進むのであった。

2作目は、ロンドンの貧民街で暮らすバツイチ女と、未婚の母と赤ん坊。楽しみは銀行休業日にみんなでディズニーランドへ行くことだ(と、妙に現代感がある話だけど、もちろんディズニーランドではない)。さて、ディズニーランドで、バツイチ女は逃げた亭主を見つけるのだが。

さらにこれまた下宿屋(もちろん貧民街。どうやらチャップリンが生まれたあたりらしい)の美少女に導かれて3階へ案内された詩人と、その詩、詩を詰めた鞄の数機な運命。

無能ものだが、どうも大物っぽいために取り巻きを集めて政治に打って出たら当選してしまった(どうも自民党の若手(当選当時)議員に似たような感じのやつがいたような気がするのだが思い出せない)。しかし、短期内閣だったために、すぐに無職となり、しかし、政治家こそ天職と2回挑戦し、2回とも完敗、すべての資金はつきたが、取り巻きには相変わらず金をばらまいている。

そんな夫をしっかり支える良き妻。

という構図で始まり、あれよあれよと、えーそれはないよ。という終わり方をする塔の明かり。

で、おもしろいのは良いが、だんだんこの作家の悪意にうんざりしてくると、くすり指という、海外旅行での美しい話が入る。ベルファースト郊外で老嬢として孤独に生きることを運命づけられている若い女性の恋を描くのだが、そしてご多分に漏れず辛辣な現実が物語りにけりをつけるのだが、佳品だ。

で、ハンプルビーという変な名前を持った赤毛の馬鹿ではないが利発とは言えない少年がたまたま商工会議所の大物資本家の息子の命を救ってしまったばっかりに、博物館の学芸員見習いという最も望んでいた職業をあきらめて事務員となるところから始まる、いつもひどい目にあうのは、この男のような物語。なのだが、不幸が続きまくる中で、実にささやかな幸福を見つける。同僚の爺さんの娘と結婚の約束をしたのだ。で、とどめの不幸なニュースを聞かされているときに、「彼女がおれを見すてることはないとわかった。もういちど新規まき直し——それだけのことだ。」と終わる。お、なんか良い終わり方だ。

そして、破産した元お金持ちの読書家が、貧乏のどん底にあっても書物への執念を捨てないために、妻をあやうく死なせるところまで追い詰めてしまう話。が、そこで改心して書籍ではなく妻を選び、それによって新しい人生が開けるように見えるというお話。

ふむ。大体、年代順に収録されているのだから、傾向があるように思う。

もちろん、書きまくった男だし、選者の好みがあるだろうから、結論できるものではないのだが、庶民文学で金を稼いでいるうちに、幸福というのは愛し合う人がいてお互いを理解しあって暮らすことと見つけたらしい。(少なくとも、そのような作品は読者受けが良く、作者の幸福にも結びつくことを見つけたのだろう)

ギッシング短篇集 (岩波文庫)(ギッシング)

_ ギッシング++

確かに、記録的価値もある(ように読める)から、こういう論考もできるのだろうなぁと思うが、そこまでビクトリア朝に興味ないので書影を眺めるだけ。

ギッシングを通して見る後期ヴィクトリア朝の社会と文化―生誕百五十年記念(光治, 松岡)

でもなぁ、なぜシャーロックホームズがベーカー街にうごめいているのかと言うと、ギッシングが長編作家から短編作家へ転身したのと同じ歴史的背景(庶民の娯楽に小説を読むことが加わった)があるんだよな。

と考えると、実におもしろそうな主題じゃないかビクトリア朝。

_ 明治へ帰れ

だが、待て。なぜビクトリア朝なんだ? 日本には二葉亭四迷もいれば露伴もいる。それどころか山田美妙や北村透谷、そして何より夏目漱石がいるじゃないか。

しかもなぜか「維新」という言葉が大流行(おおはやり)だ。

と考えれば、実は今まさに読み返すべきは、明治(題材)+昭和(メタ化)+現在(読解)の50年周期による複合的な観点を得られるこのあたりだろう(が、読み返そうと思ってもどこにあるのかわからない歴史の闇)。

明治断頭台―山田風太郎明治小説全集〈7〉 (ちくま文庫)(山田 風太郎)

(が、日本の識字率は江戸時代から妙に都市部では高かったので、庶民はとっくの昔から馬琴だの風来山人だのの作品に親しむ習慣があったので、英国と同列には語れない)


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