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詰将棋に貧乏図式というのがある。貧乏人は金も銀もないということから、付けられた図式で、基本的に敵玉と歩とと金で構成するものらしい。
(検索して見つけたPDFで、リンク元にどうタイトルが付けられているかはわからなかった。おそらくファイル名からは正式名称の『と歩図式』としているのではないかと思う)
このPDFの先頭には1959年に北原義治という人の鶏と題した71手詰めが掲載されている。と金と歩のみで構成されていることがわかる。
この図式にさらに以下の制約を勝手に課して挑戦した人間がいた。
・盤面に18枚すべての歩を攻撃側の持ち駒として並べる
・攻撃側の手駒は「なし」とする
最初の条件は、二歩があるので、すぐに最低9枚はと金でなければならないこととなり、であれば、すべて「と」にしたほうが見栄えが良いということとなった(らしい)。
したがって、盤面には18枚のと金と敵玉の19枚で構成し、攻撃側の持ち駒はなしとする、というのがルールとなった。
このルールで上記のPDFを眺めると、1981年の藤本和(25手詰め)、1982年、1984年の平野牧人(47手詰め、43手詰め、45手詰め、33手詰め)、1987年のたからさが(51手詰め)、1976年の田島暁雄(45手詰め、1980年に再録されたものも掲載されている)、1981年の柳原祐司(47手詰め)、1996年の駒場和男(57手詰め)が、該当することがわかる。
このPDFに収録されているのがすべてではないとしても、少なくとも近代将棋と詰パラといった雑誌に収録されたものとしては、と金18枚すべて自駒で持ち駒なく他には敵玉のみという制約付き貧乏図式は、1976年の田島が先鞭をつけたらしく思われる。
金が無いから詰将棋でも作るか。金がないから貧乏図式だ。どうせやるなら、歩をすべて使ってそれ以外なしにしよう。二歩があるから半分歩で半分と金か。だったら全部「と」の字のほうが興趣がある。対局ではあり得ない譜面だから、これこそ詰将棋じゃないか。
最初は無理だろうと並べて考えていたら、ふと出来た。
先日、父親と会ったのだが、特に話すこともないので、そういえばおれが子供の頃に詰将棋を作っていたよね、というような話の流れとなった。
人の名前をペンネームにするから、エゴサーチすると引っかかるんだというようなことを言ったら、ちょっと驚いているようだった。そこで検索して塚田賞を受賞した正解者なしの69手の引用などを見せたら、未だに自分の作品を楽しんでくれる人が存在するということに嬉しそうにしていたが、そのうち、そういえば貧乏なのを作ったことがあると言い出した。
北原さんにそういう作品があった。詰将棋を作るような貧乏人にはぴったりだ。どうせ作るなら、歩だけで構成してやろう。ただし、解く詰将棋としてはおもしろくはないものだ。指せる手が限定されているから、正解まで基本的に一本道となる。だから手数を伸ばさないとあまりおもしろくならない。というわけで作っている間はおもしろかったが、詰将棋としてはあまり大したものではない。
検索してみて、最初にリンクしたPDFを見つけたのだった。
という話を聞きながら、どうもおれの父親が見ている風景は、おれよりも、Quineの人やGolfの人のほうに近いのかなとか考えた。
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