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日々の破片

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2013-11-26

_ 少年ノート一気読み

本屋へ行って、何かおもしろそうなマンガは転がっていないかなぁと眺めていたら、鎌谷悠希の少年ノートというのが6冊揃っているのが目についた。

鎌谷悠希は、隠の王がとにかく絵柄、構図、人のポーズが抜群にうまくてえらく好きだったので、食指が動く。というよりも、その本屋が限られたスペースで既刊本を全巻そろえているというのは、間違いなく売れているか(売れているのなら別におれが買う必要はないとも思うのであまりモティベーションとはならない)、さもなければ何か仕入担当のやつにひらめくものがあるからに違いない。で、仕入れ担当のやつは誰だから知らんけど、これまでの経験から相当信頼できる。

ならば買うしかあるまいと、まず1巻を手に取ると、なんか合唱部の話らしくて気がそがれた。しかも主人公の絵柄にひっかるものがある。悪くはないが、なんか見たことがあって、あまり良い印象を受けない。

で、とりあえず1巻だけ買って、子供に貸した。

翌日、子供が、早く続きを買えと言ってきたので(つまりは良いできだったのだろう)、なぜか聞いた。1巻はまだ登場人物紹介だが、それぞれの性格がきちんと分けられていてしかも魅力もあれば影もある。続きを読みたくなるから早く買え、というようなことを言われた。つまりはおもしろいということだな。

では読むか、と読み始めた。

やばい。

午後になって2~5を買ってきた。Edyの残高問題で6は買えなかったのだ。

翌日、6を買ってくることになった。

物語は地方都市の中学校の合唱部の物語で、天性の歌唱表現と美声を持つボーイソプラノを主人公として、音楽一家の中で微妙な立場にいる優秀な部長(秀才めがねくん)、謎めいた副部長(影がある美少女で、ちょっとイレイザーヘッドの家庭生活が漂う)、引っ込み思案の少女(かわいい系だが親戚が集まることで背景に説得力を持たせたり)、性同一障害らしき謎の短髪少女、挫折多いがまじめで信頼がおける合唱指導の教師(これも良くできている)、その同僚の(野心家でもある)音楽教師、船乗りのおおらかな親父(これが後ろに控えているので安心感と安定がある)、ミニコミ誌で活躍中の理解力抜群で子供を信頼している母親(悲劇性がないのは母親の存在が大きい)、悩めるロシアの天才ボーイソプラノ歌手とそのマネージャを勤めるよき家庭人にしてきわめてまっとうな切れ者のおじさん、スネ夫とジャイアンを普通の中学生にした二人組(単なるモブかと思うと、実は通奏低音として必要な存在だったり)、きわめつけはスナフキン(ハルメンの笛吹きの役回りもするが、最近読んだところではもやしもんのお兄さんの役回りも兼ねている、主人公たちを吹っ切れさせる役回りの半分大人半分子供の自由人)、といったどこかで見たことがある典型をいろいろ使いながらコンクールのような競争あり、失望や挫折や友情もあれば、それぞれの家庭の事情の葛藤もあり、迷走ありの、とても良くできた地方都市の青春物語となっている。本筋から外れたように見せてそれを中核にからませたりの作り方も抜群にうまい。

うますぎる。これだけうまくできた作品はそうそうはあり得ない。

少年ノート(1) (モーニングコミックス)(鎌谷悠希)

それにしても、最初に受けた印象は実はそれほど間違ってはいなかった。

髪型のせいもあるだろうけど、どうにもあすなひろしがちらつくのだった。特に青春群像劇という点では青い空を白い雲がかけていったをほうふつさせる。主人公はもろ主人公だが、副主人公の番長がなぜか父親になっていたりはするが、それにしても、隠の王のときは気づかなかったがあすなひろしの表現手法に似ているのだ。

それがいやな印象なのは、あすなひろしにまつわる伝説(ばくが原稿を依頼したときの悲惨な晩年のありようとか)を想起したからだろう。作家の悲劇性と作品の印象は同一視できないから、それを振り払えば、あるなひろしの表現性は抜群なのだから少しも悪いことではない。

この鎌谷悠希という作家は不思議な存在だ。長澤節としか言いようがない人物のポーズの美しさや表現技法のうまさ(ふわふわしている心境を示すための雲の使い方の自然さとか)と、あすなひろしみたいな構図や絵柄や60年代の楳図かずおかい? というような表情への陰影の付け方の異様な古臭さのちらつきとか、長篇2作目とは思えないストーリーのうまさとそれを支える人物の性格付けと背景の設定、絵の書き分けとか、これで長篇2作目とは信じがたい。一体なんなんだろう?

最初から信じがたい表現力で作品を生み出した作家というと思い出すのは森脇真珠美で、本人自身を描いたマンガに、地方都市で原稿を自転車のカゴに乗せてポストに投げに行くのがあったが、日本の地方都市には突然完成度が高い作品を生み出すマンガ家が産まれる余地があるみたいだ(そういうのって金子みすず以来の伝統なのかも)。

# ノートがダブルミーニングと気づいたのは3巻を読み始めたあたり。


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