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木曜日、黒に避妊手術を受けさせた。
子供の頃に受けさせた猫は腹巻みたいなのをつけて戻ってきたが、最近は違うようで、白いチョッキ(というよりも拘束具としか思えないが)を着て帰って来た。
麻酔でフラフラしているので白とは別の部屋でじっとさせておいた。
さて、翌日以降。
白が相棒がいないので箱の中だの物陰だのをのぞきこんではうろつきまわっているので、1日ぶりの姉妹対面させたら、様子が違う。
黒は薬がきいているのか、ぼーっとしているのだが、白が凶暴な顔つきになってシャーッと威嚇する。こいつ、こんな声を出せるのか。シャーッというのは明らかに作った擬音で、本当は、フハーなのだが、カタカナで書くと水木しげるのマンガに出てくる、もうどしようもない現実の前に押しつぶされた人々の悲哀の溜息と区別がつかないなぁ。
猫又の恋―水木しげる短編傑作集「幻想編」 (Sun wide comics)(水木 しげる)
これはやばいというわけで、しばらくまた別にしておく。
黒は何やら思うところがあるのか、自分の体の露出しているところをペロペロし始めた。し始めたどころかずっとしている。
さて、黒がふらつかなくなってきたところで、また対面させる。
白は、黒に近づき、尻やら耳やらの匂いを嗅ぐ。体臭のきつそうなところの匂いを嗅ぐということは、多分チョッキなどに染みついた病院の薬臭さから区別するためなのかなぁとか想像しながら眺めている。
と、黒と顔が合い、黒が白を(いつものように)舐めようとすると、いきなり一歩退き、大きな口を開けてシャーッ(本当はフハー)。
やばいと、白を引き離す。
黒は茫然の体。
妻によると、その後も、近づいては顔を見てはシャーッと威嚇するもので、黒はますますしおしおのぱーになっているらしい。
子供が調べて、どうもネコはあまり頭が良くないので、固体識別ができていないのではないかと言い出す。白いチョッキを模様と考えれば、明らかに別のネコだし、病院の匂い(そもそも腹に消毒液につけたガーゼが貼られているように見える)がするからだ。そういえば、話に聞く自分もそうだったというじゃないか(子供が2歳より前だと思うが、おれが床屋から帰ってきたら、恐怖で引きつった顔をして、避けまくったことがあったのだった)。
ありそうな気もするが、しかし風呂上りやたばこ吸った直後の人間(匂いが違う)、しかも毎日着替えるからその都度模様が変わっていることになるけど、それなりに識別してそうだから、にわかには承服しがたい。もっとも識別単位が30cm四方で、人間については顔、ネコについては顔から腹まで、とかで識別しているのなら、そういうこともありそうだ。というか、そうなのだろう。
どうやら白はSFの世界にさまよいこんだようだ。
地下室のキノコで自分の子供が別の子供にかわっていたり、でっかな枝豆のさやから出て来た同じ顔同じ姿の別のやつに隣人たちが入れ替わっていたり、アルファケンタウリから裏山に落ちたロケットの中から出て来たやつに細見のナイフで殺されて入れ替わられたりしているような気がするパラノイアだ。ススムちゃんは確か入れ替わったのではないからもっと怖い。
怪奇短編集 2 ススムちゃん大ショック (アイランドコミックスPRIMO)(永井 豪)
どうみても、匂いを嗅いでも、いつもの仲良し黒ちゃんだが、しかし、この黒ちゃんは黒ちゃんではない。
そうは言っても黒ちゃんらしい、としばらく仲良く一緒に寝ているのだが、ふと目覚めるとやはり黒ちゃんではない。シャーッ。ポコポコ(猫パンチの嵐)。黒は弱っているので反撃もできなければ弁明もできない。
1週間後には今度は白が避妊手術を受ける。当然、同じようにチョッキを着て異臭を漂わせて帰って来ることになる。
はたで見ていると白より遥かに賢い黒が、その時、どう白と接するか楽しみだ。
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