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米原万理の最後のエッセイ集らしいのだが、読了。
以前、題が妙なので読んだ嘘つきアーニャの真っ赤な真実がやたらとおもしろかったので、内容を見ずに(Kindleショップだし)買って読んだが、やはりおもしろかった。
読んでいて、なぜ中年過ぎた昭和の比較的早い時期に生まれた女性のエッセイがおれにはおもしろいのだろうかと不思議に思う。たとえば三宅菊子とか武田(名前忘れたけど泰淳の奥さん)とか。その一方で、男性のエッセイはほぼ面白くない。青木なんちゃらとか、イギリスかぶれた人とか。
たとえばロストロポーヴィッチがスバラシーという日本語を覚えて使いまくるというエピソードに関するエッセイ。
ヤマハの子供の作曲コンクールの審査員としてロストロポーヴィッチが参加しているので通訳する。5人目くらいから、突如ロストロポーヴィッチは講評の中でスバラシーという日本語を連発し始めた。
終わってから理由を聞こうとしたら、ロストロポーヴィッチのほうから説明した。日本語は便利だ。なんでもスバラシーで済む。実にスバラシー。
最初は彼の講評に出てくる「輝かしい」「素敵だ」「驚異的だ」「胸を打つ」「感動的」「美しい」といったほめ言葉を直訳していたが、どうにも日本語の発言としてはおさまりが悪いので途中からすべてスバラシーにしたのを、しっかり聞いていて、どうも褒め言葉はすべてスバラシーと言えば良いと考えたらしい。
この手の賞賛語の語彙は書き言葉としては日本語でも当然たくさんあるが、話し言葉としてはどうにもスバラシーくらいになってしまう。
ところが、ロシア人の会話では、コンテキストに合わせて常に適切な賞賛語を瞬時に選択して発話する。これはロシア語にかかわらず、他の欧米語でも大体そういう傾向がある。そのコンテキストに合わせて適切な語を瞬時に選択し発話するというのがインテリジェンスとして周囲からも認められる要因でもあるようだ。
逆が難しい。日本人の政治家がやたらと素晴らしいと発話するのを同時通訳するときに、直訳してすべてナイス(のロシア語)と訳したら、ノンインテリジェンスな人間として受け取られる可能性があるということでもあるからだ。
というようなところから、文章のコンテキストから語彙の選択が決まる論理性に対して言葉はニュアンスが重視されるため語彙はむしろ少なく絞り込む言葉の差というような文化的な考察が行われる。
経験的に少し納得する点がある。発話に漢語を混ぜると意外と日本では通じない。開いた言葉は比較的語彙は乏しくなる。
そこから筆者は敷衍して、なんでもカワイーとか、イイジャネ(という時代ではないのでこの言葉は出てこない)とか言う若者言葉の傾向を否定する年寄は、自分の話し言葉の語彙をチェックしてみると良い。実は同じはずだ。同時通訳しているとそれが良くわかると結ぶ。
さらに別のエッセイでも話し言葉と書き言葉の東西比較を行う。
中国、韓国、日本は、世界の中で中世期から近代まで、最も紙のコストが低い文化圏だった。それが書き言葉文化の高度な抽象化と、それに対する話し言葉文化の情緒性に結びつくのではないか(特に日本語においては、発話時の音節の多さが、言葉を少なくしニュアンスを重視する傾向を助長したのではないか)と考察する。
ケンブリッジ大学が筆記試験を導入したのは1920年代(1880年代かも)に過ぎない。それまでは口頭試問だけだった。
それは紙のコストの問題だったということはわかっている。
紙のコスト(日本は低)と、発話コスト(日本は高)の差が、論理的な話し言葉の重視と、情緒的な話し言葉の重視に分かれたと考えると腑に落ちる。
それは教育にも通じる。
日本の小学校では、教科書を読ませる。それ以外は書かせる。
ロシア小学校(この人は小学校高学年くらいからチェコのロシア学校で学んだので両方を知っているのだ)では、教科書の音読もあるが、読ませた後に必ず教師は、読んだ節の大意や感想などを、続けて言葉で言わせる。発話での説明を重視する。
そうやって訓練された結果としての(最初に戻って)コンテキストに合わせた語の選択の洗練であったり、論理性があるのだろう。
この人のエッセイがおもしろいのは、地に足がついた思考実験にある。
そういえば、昭和の早い世代の女性エッセイストというのは、たいてい、本来の職業(家事の場合もある)経験に基づいた観察や派生した知識を元に思考が展開される。調べごとが出てきても、それは実地経験の理由を調べたりした結果としてだ。
そこが、ジャーナリストや職業物書きであることが多い男性エッセイストとの違いのように思われる。(長澤節のエッセイがおもしろいのも、そういう意味では同根のようだと気づく。するとたまたま手にする女性のエッセイが職業婦人のもののことが多く、男性のエッセイがそうでないだけで、男性の他に職業を持つ人のエッセイは同様におもしろいのかも知れないと思い当たる)
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