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康生 龍のかぎ爪の下巻も読了。
とりあえずは、以下の点について留保した上で、内容を相当に確からしいと仮定していろいろ考えた。
・毛沢東の責任の大半を康生に負わせることで毛沢東の罪を軽く見せるという手法ではないとは断言できない(分謗論は、春秋戦国からある手法だ)
特に興味深いのは、やはり文革-米中国交樹立-日中国交正常化-林彪クーデター未遂-四人組逮捕までの歴史の流れで、当時中学生くらいだったので、何が起きているのかさっぱりわからなかったのだが、実はそれがおれが中学生だからわからなかったのではなく、当事者たちですら(おそらく周恩来と鄧小平を除いて)誰も全然わかっていなかったらしいということがわかって、愕然としている。
龍のかぎ爪 康生(下) (岩波現代文庫)(ジョン・バイロン)
中学生の頃はともかくとして、日本に住んでいるということは、文化大革命や紅衛兵というのは、何よりも、造反有理革命無罪の掛け声だし、つまりはゴダールだ。
その一方で、ジャンピエールレオーの仲間がぶつぶつ言いながら読み続けている赤い小さい本が、矛盾に満ちたものだということも当然のように知っている。というかおれも読んだ。
細かいことは忘れてしまったがモラビアと誰かがお互いに毛沢東語録を使って罵り合いをしたというエピソードもある。モラビアがAと引用する。相手は反Aを引用する。モラビアが反反Aを引用する。相手は反反反Aを引用する。どちらにも使える。
なんのことはない、単に気の利いた言い回し(レトリック)の教科書であり、そこには一貫した指向はあっても思考はない。
その一方で、ゴダールだけでなく、モラビアも、モラビアの映画化をしたベルトルッチも、高橋悠治も、ようするに1970年代におれが好んだ文化人たちはみんな文革が大好きだったというか、毛沢東主義者だった。
孤独な青年 (ハヤカワ文庫 NV 343)(アルベルト・モラヴィア)
文革が不思議でたまらないのは、それがまず名前と異なり革命(支配者がひっくり返ること)ではなく、しかもクーデターでもなく、最初から最後まで毛沢東は党主席のままだということで、だから政治革命ではなく文化大革命なわけだろうとは見当がついても、しかしなんだかわからない。
何かすごいことが起きているということは外部から見ていてもわかる。しかし断片ばかりだ。都市のインテリ(官僚や学生を含む)は頭でっかちだから農作業や工場労働をさせようと地方へ送る下放というものがあるとか、劉少奇が走資派(資本主義と妥協することで主義より経済成長を重視する分派)として失脚したとか、そういうことはわかるのだが、そいうは言っても張り子の虎だなんだの悪口言いまくっていたアメリカはニクソンと国交を回復したり、いつのまにか副主席の林彪が飛行機に乗ってモンゴルへ逃げようとして墜落して死んだとか、失脚したといはいいながらいつの間にか鄧小平が戻って来て、また失脚して、また戻って来て、あれよあれよという間に毛沢東も周恩来も死んで、四人組が捕まって終わってしまった。
それは無政府状態だったのだということが良くわかった。
それほど知識も経験もなく、マクロに政治や経済を見る能力がない大学生(精華大学や北京大学だから優秀な連中なのは間違いないが)に対して、司令部を砲撃せよという壁新聞で毛沢東主席みずからが学生組織を作り、資本主義と妥協して経済成長戦略を取る政府そのものを攻撃することを指令する。彼らは自主的に学習したとしてもあの単なる名文句集の毛沢東語録なのだから口は達者になるだろうが、経済や政治は何も学ぶことはできない。
学生が大挙して集団を作って役所や事業所を占拠する。占拠したうえでそこにいる連中を暴力で排除する。
それが全国へ飛び火する。
伝統的に紅軍は人民には銃を向けない(このために文革が大きくなったことを知っている鄧小平がどれだけ恐怖したかというのが、前回の戦車を突入させた天安門事件に通じるのだろう)ので、紅衛兵が暴れまわっていても手をつけずに見ている。手をつけずに見ていることを良いことに紅衛兵は武器を奪い、武装し、内乱状態となる。
その間隙を塗って康生や文革小組の連中が、政敵を次々と紅衛兵に売り飛ばす。売られると非公式な裁判が行われ私刑される。指揮系統が乱れているので、公安を使って適当な罪状で拘禁し拷問し自白させ連座させ処刑する。
賀龍(髭の大将軍。若い頃は山賊だったが、共産党の呼びかけに応じて紅軍に参加したという、まるで三国志の周倉のようなやつで、もちろん人気がある)のような国家に忠実な軍人を粛清し、林彪に軍権が集中するようにする。
周恩来が生き延びたことが奇跡のようだ。(鄧小平が失脚しても処刑も拷問も受けなかった(そうは言っても紅衛兵に暴行は受けただろうが)のは毛沢東のお気に入りなので、康生が手を控えたからだという記述もある)
工場長を追い出し、適当に最もプロレタリアートらしい人間が工場長となり、生産を停滞させる。同じことで物流も停滞し、行政は麻痺する。
で、10億人がひどい目にあった文化大革命というのは、単に、北京市長の彭真が自分よりも先に出世したのを気に食わない康生が、毛沢東の被害妄想(大躍進の失敗があるから、実際、脛に傷があるので正当な恐れではあるのだが)を煽って始めた権力闘争で(それは権力闘争なので良いとして)、それが紅衛兵なのは手元に使えるリソースが大学生しかいない(軍人ではないし、1950年代のブランクのせいで公安に対する影響力が消えている)という、本当にそういうものだったのには驚いた。もっとも司令部を砲撃せよを毛沢東が書いたのが決定的なのだから、大学生を駒にすることは毛沢東も考えていたということだろうけど。
それがうまく動くと、紅衛兵は勝手に秩序を破壊し始めて、老害死ね、老害くたばれ、ということなのだろう、理屈も何もなく、偉い人、つまり司令部を勝手に砲撃するようになった(とはいえ、資金源でありネタの提供元である文革小組と、その顧問の康生、そして毛沢東そのものには、絶対に砲撃しない(正確には初期の頃、康生は砲撃されるのだが、大人の政治で解決している))。
文革の毛沢東というのを他の歴史イベントでたとえると、どうも、建武の親政の後醍醐のようだ。実権は北条にあり、実際、対蒙古で疲弊した経済を立て直そうとしているのに、ふと、なぜ一番偉いおれさまに実権が無いのだ? と疑問に感じて、詔勅を出しまくる。すると河内の悪党だの、北関東の源氏の若大将だのが、勝手に政権と戦い出す。しかしその新政権にはまったく政権運用能力がない。北畠康生のように口が達者で、なぜそれが正しいのかはぺらぺらしゃべるやつがいるところまでそっくりだ。その後は随分と異なるが、ただ、華国鋒という繋ぎを含めて、鄧小平を温存したということを考えると、毛沢東は康生ほど後先考えずなわけでもなく、単に本当に固定化された政権を掻き回したかっただけなんだろうなという気はする(が、殺された数千万人にしてはたまったものではない)。
ふと思ったが、少年兵(家族と切り離して、可能なら家族や地元の人を殺させることで、帰属先を自分側にしてしまう方法で獲得した兵士)というのは、紅衛兵の作り方から学んだということはないとは思うが、もしそうならばとんでもない影響を残したことになる。
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