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日々の破片

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2015-02-11

_ メトのニュルンベルクのマイスタージンガー

東劇でメト・ライブビューイングでニュルンベルクのマイスタージンガー。演出はメトらしいというか、オットー・シェンクのコスプレものでおもしろくはないが悪くなかった。

特筆すべきはレヴァインの指揮で、単純なハ長調のどうでも良い(退屈でもある)曲が、特に中盤以降の弦の鳴らし方と細かなフレーズごとの緩急の付け方でびっくりするほどの名曲に聴こえる。それにしてもワグナーの管弦技法は見事だが、それ以上にレヴァイン(とそれに応えるオーケストラ)が素晴らしい。

ヴァルターはヨハン・ボータで、巨漢だ。声が良いヘルデンテノールだが、どうにも不恰好で、オットー・シェンクの演出だから悪くないが、一歩間違えればファルスタッフにしか見えないのが難点だ。一方のザックス親方のミヒャエル・フォレ(初めてかな?)は、最初の組合の会合シーンの斜に構えた感じと顔つきがどうにもビートたけしのようでなんか奇妙なのだが、これまたオットー・シェンクの演出ではそれが良い。

この話は5.5個の物語を持つ。

1つ目は語られる物語だ。

騎士ヴァルターは教会(あるいは市民の集会所)の外でうろうろしている。領地を売り払うときに世話になった金細工師のポークナーの娘のエファが気になっているからだ。娘もヴァルターを気にする。讃美歌(あるいは祝祭歌)の稽古が終わり、みんな出てくる。ヴァルターはエファに婚約者がいるかをやっとの思いで(さんざん勿体をつけるというか、照れているのだ)聞く。いるのだがいない。聖ヨハネの祭りのマイスターによる歌合戦の勝者と結婚することになっているのだ。すると、おれにもチャンスはあるね? (という会話の間にエファの乳母といっても相当若いマグダレーネをどかすためのエファとマグダレーネの掛け合い漫才が入る) 結局ヴァルターはマイスターになるための方法をマグダレーネの恋人で靴屋のザックス親方の弟子のダフィトに教えてもらうことになる。

ダフィトはダヴィデで、エファはダビデの絵姿を好きなのだが、それは全然関係しないのが良くわからない命名規則だ。ヨハネの祝日のヨハネはドイツではハンスになり、それはザックス親方の名前だ。

ここまでで、見た目はマグダレーネが30代、ダフィトとヴァルター、エファは20代前半くらいかなぁと考えるのだが、16世紀を舞台にしているのだから、実際はマグダレーネが20代前半、ダフィトが15歳(小学校がない時代の職人の弟子、それも1年目だから10歳でもおかしくはない)、エファは13歳、ヴァルターは14歳のまさに中二病まっさかりだと考えるのが自然だ。(当然、ザックス親方とポークナー親方は30代半ば、ベックメッサーが20代後半くらいとして考えないとおかしなことになるが、演出上の見た目は親方たちは余裕で50代の老人に見えるのがオペラ、実際には楽劇だが、の妙なところだ)

親方(マイスター)たちが集まって市議会のようなものを開く。ポークナーが聖ヨハネの祭りに、市民(職人)というのは金の亡者ではないという心意気を示すために、自分の娘と財産を芸術のために捧げることにする、つまり歌合戦の勝者と結婚させると提案する。ザックスはいっそ市民たちに勝者を選ばせたらどうだと提案し、皆の反感を喰らう。ベックメッサーは結婚したくてたまらないので、自分が勝つつもりでいる(劇としては愚か者の役になっているが、物語としては楽器の腕前は天下一品、楽式に則った作曲もピカいちという設定である。ただし、詩作は弱い)。ベックメッサーとしてはライバルは詩作の天才ザックスで、彼はやもめなのでエファをやはり狙っているだろうと考えている。そこでザックスの作曲能力をくさしまくる。大衆受けを狙った下品な代物だうんぬん。お前の靴はだめだ。明日までに直せ。

そこにヴァルターがマイスターとなるための歌の試験を受けにくる。みるからにエファ狙いは明らかなので演奏の記録係でもあるベックメッサーはひどい点数を付けてやろうとする。だが、そんな必要はなく、ヴァルターは楽式を知らないため自由奔放に心の丈を歌にする。親方一同うんざりする。しかしヴァルターの知り合いで人柄を知るポークナーは、こいつとエファが結ばれるのも悪くないなと考える(おそらく)。ザックスは作法に則ってはいないものの、まさに芸術としか言いようがないヴァルターの天衣無縫な歌に天才を感じ取る。いずれにしてもマイスターたちから失格の烙印を押されヴァルターは憤然として去る。(しかし回りで聴いていた徒弟たちはヴァルターの歌に魅力を感じているのだ)

その夜、ザックスは考える。芸術とは何か? エファが訪ねてくる(ザックスの家とポークナーの家は通りをはさんだ対面なのだ)。ヴァルターが落第して歌合戦に出られないのなら、幼い頃から面倒を見てくれたザックスと結婚するのも悪くない。さらにヴァルターが登場し、ザックスはヴァルターとエファが愛し合っているのを知る。それは自然だ。ところが不自然なベックメッサーが求婚歌をエファに聞かせに(祭りの予行演習をかねて)やってきて窓辺で歌を歌い始める。実際にはヴァルターと会うためにエファは家を出ているので窓辺にいるのは変装したマグダレーネなのだが。いずれにしてもザックスはヴァルターに教えたいことがある。そこでベックメッサーの邪魔をしまくる。お前のために靴を直しているんだからしょうがないだろう。あまりの騒ぎに市民が大勢出てくる。

一方、ダフィトは変装しているが窓辺にいるのがマグダレーネということを見抜き、謎の男が恋歌を歌いかけていると勘違いして襲いかかる。かくして大乱闘が始まる。

ザックスは混乱に紛れてヴァルターを自分の家へ呼び込む。

朝、ザックスはヴァルターにマイスターの歌を満たすための楽式を教える。バースは3つのパートから構成される。最初のパート。次のパートは最初のパートと同じ韻で言い換える。それによって強調させ安定させる。最後のパートは別の韻、別の旋律を使いまとめるのだ。それは男と女が出会い、子供となって結実するようなものだ。その安定感があって初めて人びとは調和を感じるし、そのようにしなければマイスターたちも納得しない。君の自由奔放な歌は素晴らしかったが、人々を不安にさせるのだ。男女は結婚により結ばれて子供を作り良き家庭として市民の輪に加わる。ヴァルターは見た夢をザックスの教えによって詩に変えながら歌う。ザックスは詩を筆記する。2バースまで歌ったところでヴァルターは歌をやめる。3バース目が必要だとザックスは言うのだが、ヴァルターは歌わない。まあ、良い。今の詩を覚えておきなさい。ヴァルターの従者が持ってきた婚礼の衣裳に着替えさせるために二人は奥に引っ込む。そこへベックメッサーが登場し、店を荒らした後、机の上の、ザックスが書き留めたヴァルターの詩を見つける。そこにザックスが戻って来る。ベックメッサーは天才詩人ザックスの求婚歌と勘違いして、ザックスに作者はザックスだと言わないことを誓わせて持ち帰る。

入れ替わりにエファが来る。着替えを終えたヴァルターも来る。ヴァルターは3バース目を歌う。素晴らしい。ザックスは賞賛し、これこそマイスタージンガーの歌だと、歌の命名式を行う。ちょうど来たマグダレーネとダフィトを証人として命名式を行う。証人とするにあたってダフィトを弟子から職人に格上げする。平手打ちの儀式。この歌の名前は、朝の夢の解釈だと告げる(翻訳が固いのでいかにも職人的というかドイツ的というか質実剛健過ぎる名前でおもしろい)。

歌合戦が始まる。ベックメッサーの古風な旋律は詩に合わないだけならまだしも、ヴァルターのイメージの奔流による言葉のつなぎのむずかしさから、どんどん間違えて前衛的な詩となり、解剖台の上でミシンとコウモリ傘が衝突を繰り返すために会場の大爆笑をかってしまう。怒って、この詩はザックスがおれを陥れるために作ったのだ、と自分で暴露する。するとザックスは、実はこの詩の作者は自分ではない。その証人として本当の作者に歌ってもらおうと、ヴァルターを招き寄せる。ヴァルターは、ザックスの家で歌ったものからさらに変えて歌う(書き留めた言葉はどうでも良いのだろうけど)。みな感動し、ザックスの手際の良さを褒め称える。当然のように、優勝者としてヴァルターにエファが花冠を与える。さらにポークナーがヴァルターにマイスターの称号を与えようとすると、ヴァルターは憤然としてそれを拒否する。何をいまさらだ。するとザックスが横から入って来て、若者よ、それは見当違いだ。マイスターに敬意を払いなさい。彼らが芸術を守ってきたのだ。神聖ローマ帝国が滅びても、マイスターがドイツの芸術を守る限り、ドイツは不滅なのだ、と説教を垂れる。ヴァルターはおとなしくマイスターのメダルを受け取る。エファはこの結末に、花冠をザックスへ与える(が、当然、結婚相手はヴァルターなわけだ)。

2つ目の物語は、トリスタンとイゾルデの和声進行に対して音楽の破壊と決めつけたハンスリック(ベックメッサー)に対して新しい芸術の担い手であるワーグナー(ヴァルターでありザックスである)の勝利宣言だ。

2.5個目の物語は、リストの娘のコジマとワーグナーの物語である。

3個目の物語は、ドレスデン革命に参加したワーグナーならではのブルジョワ(市民)革命の物語である。王侯や貴族は芸術の庇護者ではなくなり、職人が芸術を守る、その芸術こそがドイツだと言っているのだから(唯一出てくる貴族は領地を売却して職人の娘と結婚しマイスターとして市民化することに決まったヴァルターだ)これは19世紀のブルジョア革命の物語である(そしてフランスと異なりドイツではそれがなかなか進まなかった)。

4個目の物語は、ニュルンベルク党大会でありレニ・リーフェンシュタールの意志の勝利だ。

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そして5個目の物語はワーグナーのひ孫のカタリーナ・ワーグナーが作った全く逆転させた物語だ。ベックメッサーは間違えることで、無から有を生み出しアダムとエヴァを誕生させる。それに対してヴァルターは本来の自由を失い、単なる操り人形劇の伴奏曲を歌う。ザックスは神聖ローマ帝国が滅亡した後に続く第3帝国を出現させる。

あえて無理矢理ベックメッサーを新しいものを生み出したことにしてザックスを腐すことで、4個目の物語をひ孫自身が強調することで逆に打ち消した(あるいは毒消しをした)のだろうけど、成功しなかったようだ。

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(だが、フォークトがヴァルターなのだ)

というわけで、4個目と5個目の物語はあるのだが、それでもザックスの、つまりはワーグナーの最後の言葉は実に正しい。

国体が滅びようが、政府が別のものに取ってかわろうが、それはまったく重要ではない。

結局、カタリーナ・ワーグナーが4個目をそのまま楽劇として提示した以上、オットーシェンク流のオーソドックスなニュルンベルクのマイスタージンガーに回帰せざるを得ないのかも知れない。

それにしても良い演奏だった。4番目と5番目の物語があるにしても、ユダヤ人以外の何者にも見えないレヴァインの素晴らしい指揮がすべてなのだった。


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