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日々の破片

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2015-08-28

_ 天保六花撰を読む

天保六花撰とは、江戸は天保年間、幕府お抱えの御数寄屋坊主、河内山宗俊、直参旗本の片岡直次郎、日本橋の物産問屋、その実体は海賊稼業の森田屋清蔵、醤油問屋の跡取り息子が勘当されて流山の博徒の親分になったが良いは兇状持ちとなり江戸で道場を開いている金子市之丞、その弟分で包丁握らせれば立派な板前だが何の因果か博徒をやっている闇(くらやみ)の丑松(一人だけ名前がチンピラぽいが、人間的にはとっても良い奴)、花魁三千歳の6人

天保時代はなかなか物語的には興味深くて、千葉のほうには天保水滸伝があるし、お江戸には天保六花撰がある。世に相容れなくなった悪党がうろちょろしだすとだいたい国家が傾く道理で明治維新まであと30年程度の頃だ(もちろん、逆でそういう世相を背景とした物語を後付けで作ったということになる)。

しかも家の近くのお寺の門前に河内山宗俊の墓があると書いた石柱が立っていたり(ただし本名の宗春表記。近年、その石柱は撤去されてしまった)、永井豪の作品に直侍(多分あばしり一家)だの闇の丑五郎(目明しポリ吉)だのが出てくるので、天保六花撰にはもともとなんとなくだが馴染みがある(永井豪の作品には講談から名前を取った人物がたくさん出てきておもしろい。デビルマンの平手美樹は天保水滸伝の平手造酒が元ネタだろうし、早乙女門土は当然旗本退屈男の早乙女主水之介だ)。

とはいえ相当以前に藤沢周平の天保悪党伝を読んだがそれほどおもしろかったわけではない。

天保悪党伝 (新潮文庫)(藤沢 周平)

どうも違うような気がしたのは、天保年間を舞台にしたにしては、どうにもこうにも悪党になるという感じではなく、最初から悪党っぽいからだ(水滸伝に出てくる(北宋政府からみた)悪党たちは、大体がちょっとした罠に引っかかって道を外れてしまう仕組みで、当然、そういうステレオタイプだろうと思うのにそうでもない)。

で、なんとなくもやもやしていたが、ふと見るとKindleで講談を書籍化したやつが出ていたから買って読んだ。おもしろかった。講談調(でもないけど)にのって、ぽんぽんぽんとあっと言う間に読み終わったが、実に気持ち良かった。出版は1976年、「恋のチェンジ・オブ・ベース」みたいな章題があるくらいだから、その時点の講談語りを書籍のかたちにしたものだろう。

河内山宗俊は秀才少年で、学があり智がある設定だ。本人曰く

人間はのう、知恵と、学問と福徳、この三つがそなわらなくてはいかぬ。それに度胸だな、知恵があっても学問がねえと、その知恵をいかすことができねえ、よし、また学問があっても知恵がねえと、それを働かせることができねえ、そんなのは生きた本箱、生きた字引きで、生涯人に重宝がられるだけでおしめえだ。ところが知恵があり、学問があっても、福という一点に欠けると、貧すれば鈍すといってな、貧は諸道のさまたげとなる。この宗俊も学問もあり、知恵もあるけれども福に欠けているから、算盤とくびっぴきの質屋の番頭にあめえ世辞もいわなくちゃあならねえのさ。

もともと、品行方正だったのだが、ふとしたはずみから、片岡直次郎と義兄弟の契りを結んだのが身の破滅、あっという間に遊興を覚えて身上潰してゴロツキとなった。とは言え、生来の知恵と学問と度胸のおかげで、フィクサーとして江戸の顔となる。揉め事があるとうまく金で解決させて上がりを取るのだから、まさにフィクサーだ。そもそも、無心のために出かけた埼玉は深谷で雲助から聞いた話だけから推理して殺人事件を解決して犯人と被害者双方から金をせしめたところが悪党稼業の出発点だ。

一方の片岡直次郎は、顔は抜群に良いが、頭は今一歩、度胸もいまいち、腕も立たない、これはどうにもダメ人間で、登場時は良いところがあるのだが(それで河内山宗俊と義兄弟となる)、あれよあれよと落ちぶれていき、ついには宗俊に愛想を尽かされて絶縁されてしまう。

この時、便宜をはかったのが森田屋清蔵。宗俊とぴぴんと来るものがあったか、巨悪同士で惹かれあい、まずは森田屋が自己紹介、ついには宗俊をして

さても徳川の天下ももう末だ、今が天下泰平の頂上、これからさきは乱れるばかり、始まりあれば終わりあり、八百八町の大江戸、しかもその真ん中の日本橋、室町三丁目の物産問屋、男所帯の立派な商人、それが海賊の張本であるということが、上役人の目に届かねえようじゃあ、もう政治は乱れている。が、森田屋、心配はねえ、世の中を反れて渡っている河内山、盗っ人と知ってつきあおう。

と肝胆照らす仲と相成る。

一方、その直次郎に惚れたのが花魁の三千歳だが、これまたダメな人間で苦労を知らないのでろくなことはしない。

それでも直侍のあまりの不甲斐なさに愛想も尽きる。

その三千歳が直次郎に愛想を尽かした後に入れあげたのが剣客金子市之丞。

若気の至りで落魄した家を助けてくれた恩人の情けを踏みにじってしまったために母親に勘当されてそのまま博徒になったものだが、もとは良家のお坊ちゃん、性格も良ければ愛想も良い、趣味も良くて頭も良いうえに、親孝行。みるみる頭角をあらわして流山でも一二を争う大親分になった。しかし八州同心の左腕を切って逃げたため、兇状持ちのおたずねものとなる。が、そこは切れ者、手紙を隠すには状差しで、木を隠すなら森の中、人間隠すにはお江戸が一番、かねて習った神道無念流の看板掲げて町道場を開くと剣客としてなかなかの威勢を誇る。それが無聊をかこって吉原通いを始めたものだから、すっかり三千歳もその気になった。

おもしろくないのは直次郎、夜討ちを仕掛けて失敗しているところに耳にした、市之丞の正体を知人の同心に垂れ込んだ。かくしてさしもの市之丞もこれまた破滅に向かってまっしぐら。

その弟分の暗闇の丑松は、腕の良い板前なのだが、なんとはなしに博打にはまってヤクザ者の道に入ってしまって、まあいろいろある。

いろいろあったが、惚れた女のお半との間に子もできた。悪党稼業からすっぱり足を洗って堅気になって暮らそうと、河内山に別れを告げてまじめに板前稼業に出る。しかし、なんの因果か女の義理の母親がこれまたとんでもない因業婆、良い金蔓を見つけたもので邪魔な娘の亭主をどかそうと、あわや闇討ち紛れに殺されそうになる。身にかかる火の粉は払わなければならないと、気付いた時は人殺し、騒ぎに巻き込まれて子供は死んで、愛しい女房を友人の同心に預けて姿をくらましたまでは良かったが、預け先の同心が悪心を抱いたために、女房は売られた挙句に自害して果てる。もはやここまで、渡る世間に未練はなしと、同心夫婦をたたっ斬って自首して小塚原の露となる。

森田屋も潮目が変わって掴まるが、なぜかきっかけとなる越後国村上の城主内藤家の雪子姫との結婚詐欺については、3行さらっと書いて終わりになる。

言葉遣いとリズムが良いのはやはり講談、日本語の世界、出版したのも講談社、これが美しい日本の文章で、読んでて実に小気味よい。あー、堪能しまくった。

講談名作文庫15 天保六花撰(講談社)


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