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日々の破片

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2017-06-04

_ 新国立劇場のジークフリート

2日目だからなんなのか、どうもオーケストラが微妙で、特に1幕で退屈する。

2幕の森の音楽はとても柔らかくて新鮮で、おお、という感じだったのだが、ジークフリートが葦笛を捨てて角笛で小鳥と張り合おうとしているのに、まだ小鳥から教わっているような状態で、えええええと感じる。最後は不協和音で終わって、それはそれでトリスタン後ですなぁという気分となる。

グールドも1幕では、子供の扮装が似合わな過ぎて(デブッチョっぷりが異様に強調されて、あれ、こんなにこいつ太っていたのか? と驚く)いまひとつ。鍛冶の歌も途中から記憶が曖昧となる。

が、セーブしていたのか! と目が覚める思いをするくらいに3幕は素晴らしい。

ファーフナーはハサミを持つサソリなのかカニなのか、大蛇とは異なる怪物で、兜甲児のように顔の中心に歌手を置いたものとして演出されて、これは良いと思った。ファーフナーのクリスティアン・ヒュープナーも良かった。人まさに死なんとす、その言や良し。

ジークリンデはヴァルキューレのテオリンではなくリカルダ・メルベート。とても良いと思った。が、テオリン(あまり好きではなかったのだが、ヴァルキューレは素晴らしかった)でも聴いてみたかった。

3幕というよりも2幕の途中ということになるのだろうが、マイスタージンガーやトリスタンを作ることで、ヴァーグナー=ヴォータンの世界計画は大きく変貌したと考えることができる。

3幕第1場は、今回再認識したのだが(エルダのマイヤー、ヴォータンのグリムスレイともに良いのだが、ただしグリムスレイは実にフォトジェニックなヴォータンなのだが声があまり通らないのでそこは残念)、ヴォータンは神々の滅亡の確信を持つに至ったのだが、まだ疑念は晴れない。そこでエルダの意見を聴きたいのだが、エルダはすでに力を失っている。失ったのは自分のせいなのでそれはしょうがない。そこで、エルダの意見をうかがいに来たはずが、滔々と自説を展開する羽目となる。確信が無いから延々と自説を展開するといっても、机の上のクマのぬいぐるみ(=エルダ)がいるから、それはそれで説得力があるシナリオとも言えておもしろい。

その自説では、跡目をジークフリートに継がせることが主眼となるのだが、ヴァーグナーはそれをきれいさっぱりあきらめている。ジークフリートは複雑怪奇な世界秩序を守るには頭が悪すぎる。

フリッカの指摘を受けてヴォータンは不介入を決意しているのだが(それはブリュンヒルデが引き受けたのを了解している)、にもかかわらずミーメにノートゥングの再生方法を教えたりして相変わらず方向性を決めていて、結局だめなのだ。

が、ブリュンヒルデも世界を救済することはできない。

ヴァーグナーの作品世界には一貫している点があって、救済できる女性には処女性が必要なのだ(そこが、ヴァーグナーの旧弊っぷりというか女性観の限界というか、そういうおっさんなのだろう)。だからゼンダはオランダ人を救済できるし、エファはドイツ伝統の魂を救済できるし、エリザベートはタンホイザーを救済できるが、エルザは故国を救済できず、イゾルデは全員を不幸にする。エルダは眠ってしまって、もう未来のことは語れない。

当然ブリュンヒルデも世界を救済できるはずがない。できるのは破壊だけなのだ。それが3幕3場での異様なまでのためらいとなる。すでにして待望のジークフリートが目の前にいるのに、唐突にためらいまくって長々と歌うのは見せ場を作りたいのではなく、ヴァーグナー自身の本当に世界救済の役回りをこの二人から奪って良いかどうかのためらいでもあるのだろう。うんざりしないでもない。が、やはりヴァーグナー全作品中でも屈指の傑作でもある(ジークフリートの3幕3場は)。

かくして、むしろヴァーグナーの本来の思想通りに、世界は生き残った単なる人間たちが勝手に作り上げることになる。民主主義の到来である。

ゲッツフリードリヒの演出は、これまでのところ、そういう解釈と読める。というわけで、次の神々の黄昏が実に楽しみだ。

#まったく気づかなかったが、あとで子供からアルベリヒの手が鉤爪(フック船長だ)になっていたと教えられる。演出が細かい(ラインの黄金では、超乱暴なことに、指輪を奪うためにヴォータンは手首から切り落とすのだった)。


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