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日々の破片

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2020-06-21

_ 黒暗森林(三体Ⅱ)

本屋で買って読み始めたのが14時くらいかな。途中晩飯食ったりしたりして、4時くらいに赤壁の戦い(後述)でさすがに眠くなったところでネコに食事をねだられて動き回ったせいで覚醒して結局5時くらいに読了。おもしろかった。

いよいよ三体艦隊が450年後には地球に到達することがわかり、地球側は450年計画で迎撃のための準備を始める。

Ⅰからの生き残りではヤクザな警官史強と丁儀の2人は活躍するが、ナノテクおじさんは出てこない。史強はムードメーカーだから残すのは順当だ。回想では葉文傑が再登場するがなぜ娘が死んだのか忘れてしまったことに気付きⅠを読み返してみたりもした(それにしても葉の人生はとてつもなく過酷だな)。

Ⅰにそんな設定があったか忘れているが、迎撃作戦は三体人は正直者だという特性を生かして(逆に言うと地球人は嘘つきだ)計画される。4人の選ばれた人間が地球人に対しても真意を隠して迎撃作戦を設計し実行する。

ガンダムのミノフスキー粒子がモビールスーツによる戦闘(肉眼戦)という制約があるように、三体では智子の存在が現在よりちょっと先の時点で物理学の発展は停止しているという制約があるため、いくつかの技術革新を別にすると、戦争は社会科学分野になっていくわけなのだった。うまいな。

物語がうまくできているのはもちろんだが、おそらく中国という作者の立ち位置から次の点のおもしろさは格別だと思った。

4人の人選がなかなかおもしろい。

中国の作品なので特権的な主人公は中国人のへなちょこ学者で、妄想力を駆使して作り上げた理想の美少女を心の中に飼っている変質者(と表現はもちろんしていないが、心の中の理想郷にある一軒家でこいつが帰宅するのを待っている美少女という脳内設定だからなぁ)でもある。それだが迎撃作戦の実行者に選ばれたせいで、国連の全面的なバックアップを受けて該当する実在少女を手に入れる(嘘でもなんでもスローガンを唱えて無理矢理納得させまくるのは、造反有理とかみたいでなんかおもしろい)。当然、それでは物語は進まないので紆余曲折あって順風満帆人生を乾坤一擲の賭けに出ることになるわけだが、えらく凝縮されたクライマックスには舌を巻いた。この少ない量の文章目指して上下2巻が収斂していくとは。

残りの3人は、アメリカ人の軍人上がりの政治家(ラムズフェルトか? 当然、こいつは人物だ)、イギリス人の人工知能学者(学説的にはプリブレムの進化形のような)、チャベスを強力にしてアメリカの侵攻を撃退した英雄大統領で、特に3番目の存在がおもしろい(しかも、相当良い役回りで悲劇の英雄として立派な人物として描かれる)。アメリカと微妙な距離感のついた物語の組み方だ。

同じくロシア人の議長が実に好漢として描かれているのもおもしろい(とは言え、中ロの関係ってそれほど良いものとは考えにくいので、アメリカの扱いとの大国バランスがあるのかも知れない)。

時事的なおもしろさではラムズフェルトが特攻隊を迎撃作戦に使おうと、日本の指宿やウサーマ・ビン・ラーディン(自爆テロの文脈だ)を訪れてがっかりしまくるとか、目の付け所がおもしろい。他作品への言及で、ビンラディンのところでファンデーションが出てきたり、指宿のところで銀河英雄伝説が出てきたりするのだが、銀河英雄伝説って国際的な(ファンデーションと並ぶような)作品なのか、と驚いたというか見直したというか感心した。

物語の大筋を支える細部の語り口もうまくて、NASAの宇宙観察チームの科学者リンギアとそのチームと監視役のフィッツロイ少将の人間関係とかおもしろい。結局その後仲良く歴史に名を残すことになったり。

描かれる世界の男女平等っぷりは、(現実には異なったとはいえ)天の半分は女性が支えているというスローガンがあった国だけに分け隔てなく偉かったり死んだりするのがおもしろい(主人公の妄想少女でさえ生まれるきっかけは恋人の妄想男子だか妄想少年だかにあるけど、それは趣味の話だから平等っぷりとは関係ないだろう)。

特におもしろいのは三国志の扱いで、三体人は人間の嘘つきっぷりを学習するための教材として読んでいるのだが、最後の最後で戦争に応用する(もちろん三体人は嘘をつけないので龐統ー周瑜-黄蓋ラインの連環計を実行するわけにはいかないのだが、それでもなぜか赤壁の戦いになる)ところで、連環計の破壊的な描写っぷりにはびっくりした。というか、作者自身が地球の技術革新によるブレークスルーをどう三体人側から挑戦するか考えてこうしたわけなのだろうけど、これもうまいものだ。

と、これまた抜群におもしろかった。

三体2 黒暗森林 上(劉 慈欣)


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