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数十年ぶりにクローネンバーグを映画館で観るかと妻とバルト9。
エレベータのボタンを押す段になって、バルト9の9は9階の9か? と思う(スクリーン数かも知れないが何スクリーンあるのかは知らない)。
これは凄かった。80近くになって、そろそろ自作回顧展をやろうとしたのか(その意味では君たちはどう生きるかみたいか?)ビデオドロームの肉体変形とクラッシュ(原作はバラードだが)の非人間的な性的快感の世界だった。
(ユーロスペースで初クローネンバーグを観たんだった。スキャナーズはその後にLDで観た)
クラッシュ(1996)[R15+指定版](字幕版)(ジェームズ・スペイダー)
(バラードの原作よりもこっちのほうがおもしろい)
とはいえ、クリントン・イーストウッドやロメールやオリヴィエラのように懐古的作品を作ったあともばんばん作品を作りまくる映画作家もいるから、予断はまったく許されないわけだが。
舞台は近未来。人間は肉体的苦痛を失っていて、一部の限られた人間のみが夢の中で苦痛を味わうことができる。
という背景説明の前に、半壊した船が浮かぶだか座礁しているだかの海辺で砂遊びをしている子供を映す。そこを見下ろす荒涼としたコテージ(ただし近代建築)から多分母親が声をかける。何か見つけても食べちゃだめよ。汚染された魚とか貝とかかなぁとか観ていると、子供がコテージに戻った後に全然違うことがわかる。
子供はトイレにいる。近くのゴミ箱を抱える。母親の心配通り妙なものを食べて吐くのか? と見ているとやおらゴミ箱を食べ始める(ようには最初は映さない)。
母親はこの奇妙な子供を枕で押さえつける。夫に電話。
舞台は一転して奇妙な拷問器具(に見える)に抱え込まれた男を映す。拷問器具ではなく超ハイテクなベッドで、男の(夢の中の)苦痛を抑制するための装置らしい。
男(ソール・テンサー。この名前に妙な既視感がある)と女(カプリス)の会話から、この時代の背景が浮かび上がる。ソールの体内では新しい臓器が生まれ、その臓器を取り出すパフォーマンスを二人は行っているのだった。
ソールは臓器局(という名前ではないが、厚生省の一部署)を訪れて、そこの役人に新しく生まれた臓器を申請する。
臓器局では、遺伝する新臓器を取り締まることが目的で内内に作られた官庁なのだった(二人しかいないが)。これまで存在しなかった臓器が遺伝するのであれば、それはもう人間の定義から外れるからだ。もっともカプリスは臓器と読んではいるが腫瘍として扱っている。腫瘍なので削除する(が、どこまで臓器と考えているのかはわからない。法的な規制逃れのための言い方かも知れない)。
ソールとカプリスのパフォーマンスは、数年前に製造が中止された解剖台マシーンによってソールの体内の新たに生まれた臓器を取り出すことだ。解剖台マシーンは妙に有機的なリモコンで操作する。
このシーンの生々しさ(腹にメスが突き刺さり、切り裂く。中の内臓が蠢く)は凄まじい衝撃がある。ビデオドロームの腹に手がめりこむどころの騒ぎではない。
カプリスはリモコンを操作しながら快感を得る。どうも、このパフォーマンス自体がベッドインパフォーマンスに相当するものらしいと気づく。
ソールは新しい臓器を創造し取り出すアーティストとして尊敬を集めている。
ソールは朝食を摂る。これもほとんど拷問器具に近い椅子に固定された食事だ。
解剖台マシーンや朝食マシーンの製造元のサービス員は女性二人のコンビだが、彼女たちも怪しい動きをする。
すべてがソールを中心に回り、ほぼすべてが快感についての関係性となる。
ソールは警察のスパイでもある。
最初の子供の父親がソールに子供の遺体の解剖ショーを依頼する。
父親は、プラスチックを食べる人間を作り出す革命組織のリーダーだった(このあたりの世界を変革する組織の異様なまでの安っぽさはますますもってビデオドローム)のだった。警察が追っているのはこの組織なのだった。
子供の体の中は人間の臓器ではないもので構成されていた。観客たちを衝撃が襲う。
が、それは臓器局の仕込みなのだった。
ソールは唐突に肉体的苦痛を感じる。プラスチックを食べて死ぬ。
実に素晴らしい映画だった。
ハワードショアとのコンビは健在。演奏がペンデレツキ弦楽四重奏団で、まだ活動していたのかと驚いた。撮影はアテネで行われたようだが、どうしてそうなったのだろう。
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