トップ «前の日記(2025-07-29) 最新 編集

日々の破片

著作一覧

2025-08-17

_ 1793, 1794, 1795

この数日、頭痛で寝込んでいたので薬が効いているときに積読消化で2023年に購入したらしいKindleの1793~1795を読んだ。凄まじい作品だった。

舞台は主にスェーデン王国の首都ストックホルム。時代は表題通り。

ヴェルディの仮面舞踏会でお馴染みのグスタフ3世暗殺から数年、摂政配下の宰相による独裁政治が繰り広げられている。彼の目的はフランス革命の余波が及ばないように宮廷人である自分の地位と財産の保持しかない。そのため、市民の安全を守ることを旨とする警察署長の更迭を虎視眈々と狙っている。

そこに目、耳、歯をすべて破壊され、四肢を切断された死体が見つかる。生きている間、数カ月以上にわたってその状態にされた死体だ。このおぞましい猟奇殺人を解決するために、労咳病みの法律屋と片腕義肢の廃兵がコンビを組んでストックホルムの闇の世界を渉猟する。というのが1793年。続く1794以降も残虐な殺され方をした死体の謎を追ってコンビが駆けずり回る。うなる木製義肢(当たると殴られた相手の前歯が吹っ飛び、鼻の骨がへし折れる)。

謎解き探偵小説ではないので、すべては明らかだが、政治的圧力と周囲の偏見の中、どうやって犯人にたどり着き、政治のために司法が捻じ曲げられている状況下でどう犯人に落とし前をつけさせるか、がミステリー作品としての目的となる。が、それはそれほど本作の主眼ではない。とはいえ、特に廃兵に異様なほど過酷な運命を背負わせているだけに、解決に近づいた時のカタルシスのようなものが無いわけでもない(とはいえ、カタルシスは無いなぁ)。

3作あるが、作家本人は1作目が当たったので続編として1794と1795を書いたようだ。というのは、1作目に好ましい陰影をつけまくっている主人公(2人いる。バディものなのだ)の労咳病みの法律屋が作中なんども繰り返し記述されているように病死してしまうからだ。

2作目以降どうする? というのが1794での最初の興味なのだが、いきなり田舎貴族の無能な次男坊(15歳)が、厨二病をこじらせ過ぎて植民地(西インドのサン・バルテルミー島)に勉強のために送り込まれる手記から始まる。

ここで、なんとなく3部作化するにあたっての横糸が見えたように思う。

1793年の白眉のひとつは当時ハイティーンだった男の革命下のパリ滞在記だ。それと同時に同じくハイティーンの男(田舎からストックホルムに出て来たが享楽に身を持ち崩していく)の地獄めぐりの書簡集。

1794年が、当時ミドルティーンの男の植民地滞在記。スェーデン支配下時代のサン・バルテルミーの奴隷労働についてこれでもかこれでもかの描写が続く。

1795年になると視点がローティーン(というよりも8~9歳くらいでは?)の文盲の子供なのでそれまでの一人称ではなく、三人称記述になるが主観描写が子供のものとなる。ここでは舞台はストックホルムそのものとなり、腐敗した汚物が層をなした湖沼群の悪臭の中を貧困層の生活をユーモア抜き(一瞬、ユーモアがないわけでもないレミゼラブルを想起したわけだが、気候の差が大きな差となっているようだ)にこれでもかこれでもかと描写していく。

と、どんどん世代を若くしているが、いずれも読んでいて、ばかーなにやってんだーと大人の読者が思わず叱り飛ばしたくなる間抜けなミスをしまくる(作者がもしかして、読者も語り手同様に意味を取れていないかな? と不安になるのか、たまに後から説明していたりもする)。またその程度の知性なので見聞きしたものの描写が実に表面的な一方裏の意図なしに正確に見える。

この構造はおもしろい。語り手を5歳ずつ若くするのは、1793年の語り手をたまたまハイティーンにしたからだとは思うが、主観の知的能力をうまく書き分けている。作者はただものではない。

物語そのものは陰湿であり、ほとんど救いの欠片もなく、特に1795の最期の何人もいる主人公のうち一人の過酷な未来には暗澹たる気分となる(もしかすると、救いの手があるのかも知れないような濁し方はしている)。一方、街を逃げ出す主人公にはささやかな希望がないわけでもない。

北欧歴史ミステリー(ニクラス・ナット・オ・ダーグ)


2003|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2021|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2023|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2024|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2025|01|02|03|04|05|06|07|08|

ジェズイットを見習え