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こないだクリックしまくった(たかが知れてるが)高橋悠治が届きまくった。
バッハ:クラヴィーア協奏曲集(紙ジャケット仕様)(高橋悠治)
そこでこんな一節に出会い、なんでそんな当然のことを失念していたのかと自問する。
かかれた部分は、家をたてるときの足場のようなもので、しごとがすんだら、もういらない。もちろん「足場」なしに、この点に達することはできないが、一度そこに達したら楽譜に正確にしたがうことは、もうたいせつではない。作曲家の意図もまた足場であり、それもすてることができる。のこるものはことばであらわすことができない。だからやるよりほかはない。
――失敗者としてのバッハ
捨てることを前提としたコード。捨てることが前提なのだから、都度、人がそのコードを紡ぐ必要はない。だから、そういうコードを「足場」と呼ぶ。それは建物がその全体像を外に向かって示すときには、解体されどこかへ消え去っているものなのだ。
このことでおもいだすのは、中国のことわざで、「指が月をさすとき、バカは指をみる」というものだ。
肝に銘じる。
ジェズイットを見習え |
教習所で教官が「バックミラーを見ろ」としつこいので見る癖はついたのだけど、バックミラーに映るものを見るようになったのは、免許を取って1年ぐらいしてからでした。
それ、わかるなぁ。<br>逆が立体視かも。