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マンガを買おうと本屋に行っていろいろみたが、あんまりぴんと来るものがない。
そこに、復刊ドットコムでみごと復刊とか書いた本があって、それに便乗したのか同じ作家の本がいくつか平積みになってる。なんだこりゃ?
で、そのうち、2冊ばかり買ってきて、読んだ。うーん。
こういう表現者もいたのか、と少なからぬ驚き。少女漫画なのかな? 少女漫画なんだろうな。絵本のようであり、塗り絵のようであり、レトロなようであり、モダンなようであり、おされなような、どろくさいような、新鮮なような、陳腐なような、表現っていうのは、おもしろい。
(コマ割りが解体されているため時制が崩れかけてぼろぼろになる一歩手前で踏みとどまっているという感じかな。その崩壊一歩手前の危うさが世界全体の雰囲気を醸し出しているような)
初出はプリンセスって、ナイルの娘や、エーベル少佐の雑誌だよなぁ(おれの知ってる時代では)。そこにこういうのが入り込む余地があるのか。で、思わず出版社を確認して、やっぱり秋田書店だなぁと納得したり。
いずれにしても、おれは、捨てられたぬいぐるみや箱の中の仔猫の話には弱いのだ。
#で、子供に貸してやったら、おれが気付かなかったプーさんに気付いたり。というか耳が黒いからクマだとは思わなかったが、確かにそうだ。
で、そんなこた、どこにも書いてないが、よくよく考えてみたら、天国というのは、哀しみに包まれた場所なのではないか?
残された人間が哀しいのであれば、行ってしまった人間は残された人間が不在なゆえにやはり哀しいはずだ。
たぶん、こっち(復刊ドットコムもの)も買うだろう。
で、残った人間が地獄行きになったらどうなんだろうか? 不在は永遠のものになるわけだな。
というわけで、天国は待ってくれるをルビッチが作るわけなのか、と納得してみたり。気楽に口やかましいおばさんは地獄に落とされていたが、ルビッチは好きだ。
それにしても、DVDを天国で検索すると、とんでもないことになっていろいろ楽しい。みなさん、天国が好きなようだ。
特に、こいつは気になる天国。
「建設会社に務める田丸は大変な空想家で仕事も失敗ばかり。とうとう守衛に格下げされた彼は、機密書類を盗まれさらには産業スパイの疑いを掛けられてしまう。 」という不幸な男を、日本の虹を掴む男、タニーケイが主演してるというだけでそそられる。
おや、ボリスカーロフも出ていたのか。
向井さんの「アルゴリズムを知らない子ども達」を読んでから、あらためて「マシン語を知らない子ども達」を読むと、ちょっとしたいびつさを感じなくはない(微妙な感触)。
理屈の上では、向井さんの書いていることのほうが(2者択一ならば)同意できるのだが、どうもそのようには世の中は動いていないように思える(計算機学科でどういうカリキュラムをやっているか、ということではなく、ビジネス分野で仕事をしているプログラマについて)。そのため、明らかにまずどちらが来るべきかでいえば、向井さんのやつのほうが先にあるはずなのに、すぐに言語とかの話になってしまうように思う。LLだ、HLだってのも同じことだ。まあ、とっくに通り過ぎた地点だという場合もあるだろうけど。本当にそうかな?
そういえば、最近、これについてなんひっかかる物言いを見たな、と思ったら、通りすがりの罠だった。
すでに偉い人が考えたアルゴリズムがあり、普及した実装があるのだから、それを使うというのは、効率的だ。自分で考えるのは無駄ですよ。ふむ、無駄ね。
ビジネスであるから、効率は重要だ。
言葉の意味だが、効率性と合理性というのは異なる概念で、後者は再生産性をもたらすが、前者はその瞬間にのみ意味をもつ。
魚を与えるか釣り方を教えるか問題である。釣り方には待つことや、場を選択することも含まれる。これは漁だけではなく猟にも応用できる可能性がある。合理的に考える力、という力を与えられるということである。一方、魚を与えるということは、欲求を満たすが、力を与えないということである。
これを称して、孔明の罠と言う。
力を与えることを避けるために、無駄ですよ、と甘言で誘う。みんな無駄は嫌いだ。一番、無駄が嫌いなのはSIerだ。必要なのは頭数なので、力をもつものは一握りで十分だ(と考えていた(現在進行形ならば「る」)節がある)。
同じ言葉でも、立場が違えば意図は変わる。
404氏の口から出る場合、それは花畑にはいろんな花が咲いてるほうが望ましいから、すでに咲いている花を植えるのはやめておけ、というような意味になる。どちらかと言うと元の話は、花じゃなくて、堆肥にするための雑草を植える行為についてだと思うので、ちょっと違いそうだ。
でも、プログラマの頭数を揃える立場にある、あるいはその立場に属する者の口から出る場合、それはお前らは考えなくても良いから、言われたことをやるだけにしてくれ、という意味になる。だって、考える人は価格が高いから非効率的じゃん。それに、もう君らに魚をあげる気はないんだ。ちなみにこの漁場一帯への立ち入りも禁止するから、あとは勝手にやってね。ばいばい。
つまり、彼らはどちらも合理的な行動を取っている。わなをしかける側はそういう考え方ができるということだ。見習うべきことである。
ソートを考えるのがいやなら、ショート(む、意図せず韻を踏むことになったな)コーディングを考えるのもいいよ。
回り回ってマシン語が必要になるとか、面白い本が売れると別の面白い本が出やすくなるだろうとか、いろいろ。言葉は葉だから重ねることもできるし、カゲリの術にも使える。
ジェズイットを見習え |
ソートを考えるのは無駄だと思える程度にはソートのことを考えるべきなのでしょうね。暗号まわりなんかも、これは自分で実装するのは危険だと感じられる程度にはやるべきなんじゃないかなーとか。<br>アルゴリズムにもマシン語にも違和感が残るのは、往々にして実際のプログラムは圧倒的な数のバッドノウハウに支えられえいるからかなーとか。
>危険だと感じられる程度にはやるべきなんじゃないかなーとか<br>実際は、具体的な魚(ソートだとかマージだとか)はどうでも良いので、そう考えるとアルゴリズムというとこに落ち着くのかなぁと思います。1を聞いておけば3くらいまでは知れるようにはなるのではないか、とか。<br>バッドノウハウも、現象ではなく見つけかた方向を知るという意味ではものすごく意味あるしとか。
鈴木志保!懐かしい!「船を建てる」はリアルタイムで読んでました。
おお、やはり印象的な表現者なんですね。<br>なんとなく取っつきの穏やかさに読者としてのhyukiさんがマッチしてて、妙に納得しました。