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日々の破片

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2011-07-10

_ 何をいまさら愛の妖精

たださんが書いているけど、byflowで見かけておもしろそうだから読んだラ・プティット・ファデットが、おもしろそうなんてものではなく、本気でおもしろかったので、原作(原案なんだろうなと思っていたら、ラストと額縁を除けば、セリフも感情描写もほぼ忠実で、原作と呼ぶべきかなと考えなおした)の愛の妖精を読んだ。

ラ・プティット・ファデット La Petite Fadette(しかくの)

(マンガならではのとっつきやすさは疑いようもないし、これはこれで良い)

で、図書館に篠沢秀夫(おれの世代だとクイズダービーでおなじみの、やたらと人間臭いアカデミアン)訳があったので借りて読んだ。

すごくおもしろかった。

愛の妖精 (中公文庫)(ジョルジュ サンド)

これは不思議だ。なぜこの年齢になって、この有名な文学史的な(つまりは死んだ)恋愛小説をおもしろがれるんだろう?

物語を簡単に紹介すると、舞台は18世紀、フランス大革命をはさんだ数年間(ただし、最初と最後にいっきに10年が流れる)、しかし革命とか政治は一切関係なしの田舎の2つの村のできごとだ。

そこそこ裕福な農民の家に双子が生まれる。双子はなかなかうまく育てられないというので両親は気を遣おうとはするけど、そこは農民根性というか節約と倹約が美徳なのでうまくいかない(食い物や服は別のものにしろとか言われていた)。うまくいかないが、二人はすくすく育ち、立派な少年になる。

しかし、不作と、長女と次女がばかすか子供を産むので少しばかり家計が傾いてくる。隣村に住む父親の友人が家畜係に小僧を一人貸さないか? と提案してきたので弟を送り込む。(この話には総体としての悪意や、小さな意地悪はあっても、主人公を小公子や小公女やフランダースの犬のような目に合わすような敵意は出てこない。したがって、弟は全然不幸ではない)

ここから本題が始まる。兄貴は弟の不在に悩み苦しむ。しかし弟は一人前の男として遇されているし、働くことはおもしろいので、まったくハッピー。むしろ兄貴が自分の不在を悲しんでいるのを知っているので、本当は寄宿先の友人とかと遊びたくても、我慢して日曜日には家に帰る生活をしている。

(実はこのあたりはそれほど読んでいておもしろくない。テンポが良いのでつまらなくはないし、村の生活や人々の細かな心理描写が興味深いので読み進めているだけのことだ)

というような生活が続いて、ついに兄貴は同情を惹こうと家出してしまう(ここの描写は、子供(弟)が成長したのにもかかわらず、相変わらずママゴトの相手をしてやろうとして疎まれるジジババとか父親とか(兄貴側)を想像してしまうのだが、そう考えると説得力がある。また弟が成長の機会を得たのに兄貴がうまくいかないことも病弱とか母親の溺愛とかでうまく説明されている。全体、18世紀文学なので心理描写の細かさがミソなのだろう)。

当然のように母親はうろたえ、弟はなんか理不尽だとは気付きながらも自分の不在が原因で正直すまんかったという後悔にかられながら、兄貴を探しに村中を行ったり来たりする。

そこに女主人公のファデットが登場してくる。村の境に祖母と脚が悪い弟の3人で暮らしているのだが、貧乏でいつも小汚く痩せて小さくて、コオロギとか呼ばれている。兄貴の居場所を教えてやると言うのだ。で、さんざん勿体を付けた挙句、教えてやる。

弟はなぜ、ファデットが自分が兄貴を探しているのかわかるのか? やはり噂通りの魔女なのか? とか少しびびるが、よくよく考えてみれば自分が兄貴を探して村の人に訊いたりしているのを見かけた可能性はあるし……とか納得する。

このあたりから、この物語の真のおもしろさが始まる。主人公たちはほぼすべて、何か理不尽なことや不思議があると、最初は素直にびびったり驚いたりするのだが、すぐに理由を考えて、考え付けば納得し、考え付かなければ取りあえず疑問として抱えておく(大抵は、後で解決される)。この態度が実にすがすがしくて、読んでいて気持ちが良いのだ。もっとも最後の手段として、それは神様の御業ということにしてしまうこともあるが、したがって悪いはずがあり得ない(なぜなら神様の御業なのだから)と、実に良く解釈するのだが、その導き方も悪いものではない。

たとえば、弟が夜、はじめてファデットと腹をわって話すシーンでは、

どの言い分にも反論する余地はなかった。

というあたりが転機となる。反論する余地がなければ自分のそれまでの考えが間違っていたのだから、あらためる、というわけだ。

かくして、弟はファデットに恋をし、一方ファデットは弟の助言に納得して外面を整えるようになる、このあたりの二人のやり取りや、周りの連中(特におもしろいのは、弟の寄宿先の同じ年の末息子との付き合いの始まりとか)のありようが、またおもしろい。おもしろいのは、すべてが理詰めで進むからで、これを物語を支配する全能の神と呼ぶのは簡単なことだが、この全能の神は力学の法則を無視しないわけだ。

弟とファデットの結婚話に家族は反対するのだが(ファデットには悪い噂がたくさんあるからで、一つには母親が外に男を作って家出したという事実が尾をひいている)、息子をだましているのではないかという疑念が解消した後は、素行調査を行って噂が根も葉もないことだと確認できた時点でぱっと考えを変える。で、ファデットに親父のほうから結婚話を切り出すのだが、ファデットはファデットで力関係を考えて、簡単にOKしないのだが、そこで親父いわく「わしや家のものに、まだ何かこだわってるようだな。この年をした男にあやまれって言うのはむりだよ。約束をするから、それで満足しておくれ。」……悪くない。

が、兄貴はおさまらない。で、ついにファデットが兄貴をカウンセリングというかコーチングすることになる。いや、まったくもって20世紀的な意味でのカウンセリングだな。が、患者も悪くない。

シルヴィネは何も答えなかった。そして、ファデットがなおも容赦なく批判するのを、黙って聞いていた。結局ファデットの言うとおりだと思い、言いすぎだと思ったのはただひとうの点だった。

と、理詰めで説得される。

つまり、ファデットの能力は、論点を整理してそれに対する評価を順序立てて説ける点にある。作者はそれをもって、頭の良さと呼んでいるわけだ。物語として重要なのは、説得される側も、その筋道の立て方と理屈を受け止めていることだ。このことが興味深いのは、この本が実際に18世紀当時売れて、その後も名作として読まれ続けていることだ。

つまり、この本が読まれているということが意味するのは、理屈を述べる少女(しかも理屈を述べるだけではなく、問題点を解決するための実行力がえらく伴っている)とそれに説得されて、しかもその論理の立て方に魅了される少年という構図を、読者が当然のように受け入れているということだ。――いや、それはそうだろうと思う。これは読書人の理想世界に近いものがありそうだ。だって、これを現代の日本に当てはめたら、どう考えてもファデットの役回りは、理屈っぽい文化系メガネっ子(クラスのちゃらい女子たちからガリベンとか悪口を言われているわけだろうな)だろう。その現代に通じる普遍的な感覚が、18世紀の農村と農民の生活という興味深い舞台を背景に展開されるのだから、これがおもしろくないわけがない。

というわけで、この作品を引っ張り出してきたしかくのというマンガ作家は実に慧眼と言わざるを得ない。

いや、実におもしろかった。


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