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というわけで、1997年の伽藍とバザールがトリガーとなり、ネットスケープがバザール開発へ(内実はともかく)移行し、1998年にはオープンソースという言葉が走り出した。
マイクロソフトの状況はおおざっぱには次のような感じだ。
まず1995年にはWindows95が大成功した。ってことは、IBM=OS/2を叩きのめしたということだ。
次に社内でBBS(ブラックバード=MSN)かインターネットかで内ゲバ勃発。Windows95の最初のリリースには、MSNというインターナショナルなBBSのサインアップ用アイコンがついていたのだが(つまりBBS派が優勢だったのだが)、すぐにインターネット派の猛攻が始まり、モザイク由来のブラウザーSPYGLASSを買ってきてIEとして頒布開始(このあたりも、ちゃんとお金を払ってない――無料ダウンロードさせたので販売していない=だからライセンス料払う必要ない――とかいろいろ言われているけど、良くわからないのでそういうことを言われていたという事実だけ記述)、MSNはいつの間にかISPに変身(MSNには退会時に個人的にとても不愉快な思いをさせられたので、今でも恨み骨髄。なおMSNはその後ISP事業から撤退する)、インターネット派大勝利。
インターネット派が大勝利すると、社外に目を向けてネットスケープに砲撃開始(が、実際にネットスケープのブラウザーを買っていたおれが言うのだから間違いないが、ネットスケープはそれより前に自滅していた。というくらいに、彼らのナビゲータ(というブラウザー)は良かったのだが、MS砲対抗次世代ブラウザーのコミュニケータ(というインターネットスーツ)はかすだった。これはjwzの回想と一致する)。
そしてネットスケープが伽藍とバザールに目をつけたのと同じように、マイクロソフトは次の攻撃目標をLinuxに設定した。
クライアントOSのWindows95とは別に、サーバ用OSのWindows NTと直接的に競合するのだから、この設定は正しい。
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で、そのための社内調査-レポートが作られたのだが、それが1998年10月30日のハロウィンにリークされて、エリックレイモンドの元に届く。かくして、『ハロウィン文書(エリックレイモンドによる皮肉ツッコミ付き)』が世に出たのだった。
ただ、この文書の分析の鋭さと戦略立案のうまさ、つまり敵勢力の強み/弱み分析とそれに対する社内の強み/弱み分析、それに基づく戦略の提案、どれを取っても、さすがマイクロソフト! すげぇ! と、普通に読めば舌を巻かざるを得ないので、むしろエリックレイモンドの皮肉ツッコミが入れば入るほど、おいおいオープンソース(の連中――と考えてしまうのだが、もちろんエリックレイモンドという代表者のことだ)ってどっかおかしいんじゃないか? と首をひねることになる。きわめて不思議な状態になること請け合いなのだ。が、時代の勢いってのはあって、なんかマイクロソフト=悪の帝国という変な妄念(いや、実際、OEMバンドルへの介入やマーケティング(FUD戦術!)やらいろいろなところでダーティーな手も打っていたわけで、必ずしも間違いというわけでもないが、ビジネスはビジネスだし、FUDはレッテル張りに対する対抗手段と見ることもできるし、いろいろだ。まあ、エリックレイモンドがハロウィン文書の中に入れているコメント群についてVA LinuxあたりのMSに対するFUDだ! と言うことだってできるよね)をこの頃に植え付けられた人は、今でもスラドとかで見かけることがある。多分、そういう連中は、文書そのものは読んでないんだろうなぁと推測するわけなのだが。
この点について、翻訳した山形浩生は「この文書はちゃんと戦略というものを明文化し、それを組織的に共有しようという明確な意志があらわれている。そしてそれにはちゃんと実効性があり、(少なくともこの組織にとっては)きわめて有益な代物となっている。 」と、あえて説明を入れていて、ハロウィン文書そのもののうまさを読み取れない人のために、見るべき点をきちんと解説している。
おれは、この解説を読んで、うっはー山形浩生ってすごい人だな(エリックレイモンドとは全然レベルが違うな、的な意味を含めて)、と思ったのだった(余談だ)。というわけで、時間がなければ、山形浩生の解説を読めば、いいんじゃないかな。まとまっているし、グローバリゼーションに対する姿勢についての良い提言もある。
さて、15年後の現在視点でハロウィン文書を見ると、実はこの文書でのマイクロソフトの分析が、「俗流/おれおれ/伽藍とバザール」の元ネタになっているんじゃないかなぁにやにやということに気付かされる。
つまり、ハロウィン文書の分析では、伽藍モデルのFSFは最初から念頭にない(というのは、そのモデルは彼らがこの時点では叩き潰したIBMスタイルと変わらないからだし、いずれにしろHURDは存在しないから相手にしてもしょうがない)。そのため、伽藍とバザールのレジュメと、ハロウィン文書のレジュメだけを見ると、ハロウィン文書では敵としてバザール開発モデルについての分析しかしていないために、伽藍=マイクロソフト、バザール=OSSという2項対立と誤解するのだろうと推測できるのだった。
というわけで、紹介し続けているこれら一連の文書で最もきちんと読まれたっぽいのが、実はエリックレイモンドの論文ではなく、ハロウィン文書なのだ。
山形浩生はハロウィン文書が正しく読まれるか心配して解説を入れているわけだが、少なくとも読むべき人たちは正しくハロウィン文書のほうを読んでいる。
つまり、(面倒だから書かなかったことをあわせて)まとめると、ハロウィン文書とは
・1998年にLinuxについて書かれたものの中で、その価値を最も正しくかつ簡潔に評価し
・その長所と短所に関する分析があり
・しかもマイクロソフトの短期戦略がわかる
という、1998年にコンピュータ関連ビジネスをしている人間にとっては、とってもおいしいレポートだったのであった。
ハロウィン文書はLinuxの長所をわかりやすく説明しているから、これを読んでLinuxの採用を決めた人がいても全然おかしくない。というか、多分、この時期に企業導入をした連中はこのレポートを読んで決定した可能性があると思う。
歴史の皮肉: ハロウィン文書Ⅱには、「その他の Linux パッケージは、RedHat と Caldera におされて衰退気味のようである。 ここには SlackWare、SuSe、Debian などがある。」
15年たってみると: RedHatはRedHatだが、Debianは当然生きている(というか、他の商用ディストリビューションと同列に並べているのは粗雑だ)としても、衰退扱いのSuSeをWindowsの友に認定することになるとは考えていなかっただろうなぁ。
と、駆け足で、おなべに続く。
ハロウィン文書を読み始めると、いきなりエリックレイモンドの「OSS」という用語へのツッコミを目にすることになる点にも注目したいね。今やOSSという用語は普通だが、どうやらこの3文字アクロニムの発祥地はマイクロソフトみたいだからだ。
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