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今月前半のオテロに続いて、舞台をヴェネツィアに移動しての演出。
この曲は通して聴くのは初めてだったのだが(というよりも意識的に聴いたことは無い)、2幕でドンジョヴァンニが食事しているところで、おおこの曲はドンジョヴァンニの曲だったのか(嘘だけど)というもう飛ぶまいぞこの蝶々はともかくとして、1幕で酒を飲む歌だとか、結構、いろいろな曲を知っているのには驚いた。
で、今回も歌手が良くて、まずドンジョヴァンニのクヴィエチェンという人が、背丈のせいもあるだろうが、見てくれがまるでプリンスみたいで、確かに悪魔だなぁとか思っていると、張りのあるバリトンで歌も実に良い(2幕でエルヴィーラの侍女を口説く歌とかこのままずっと流れていてもいいなぁという感じだ)。その代わりにテノールのアンナドンナ(本当はドンナアンナなのだが、語呂はアンナドンナのほうが良い)の婚約者がなんかぱっとしなかったような気がするけど。そのドンナアンナのミコライやエルヴィーラの人(映画のラボエームでムゼッタやっているのを観たけど、どうも昭和の時代のカルピスの人に見えるが、舞台だとそういう印象はまったく受けない)たちもそれぞれ良く、さらにツェルリーナの人も良い。なんか、とても良いものを観れて良かった。
舞台美術は、オテロとは違って実際に水を張ってあるわけではなく、照り返しがあるシートか何かを置いているのだと思うが、両脇の石造りの家から階段が伸びたり、橋が付きだしたりする仕掛けで、舞台の変化が早くて、これも舞台に良い効果となっている。
指揮者が異様にさっそうとしていて(登場して指揮台に上ってからの身振りのでかさが妙に印象的なのだ)その印象もあるんだろうけど、演奏もテンポ良くちゃかちゃか進んで実に快調。
それにしても、奇妙なのは、相手が斬りかかってきたから受けて立って刺殺したドンジョヴァンニを法の手に委ねようとするドンナとドンの世界に対して、とにかく鋤ですくだか鉄砲で撃つだかしてさっさと殺してしまおうとする農民の対比だ(ドンオッタヴィーオとか、ジョヴァンニ殺しの相談を農民がしていても別に止める様子もないし)。どうも相手が貴族だろうと農民は撃ち殺し御免なのかなぁと、同時代、つまり江戸時代と比べて不思議に思う。武士でも農村に行っておかしなことをすると、農民に叩き殺されたりするのはOKなんだろうか(一揆だとそうなるかも)。
で、そういう変な時代に否をつきつけてドンジョヴァンニは一人で近代へ去って行ったのだな、となんとなく納得がいくお話であった。たった一人の神だけを信仰するってことは、裏返せば世界に多様に広がる価値観を無視することになるじゃん、と2幕の初めにレオポルドじゃなくてレポレッロに説教しているくらいだからな。
歌手と舞台と演奏が良かったってのも大きいが、これまで観た/聴いたモーツァルトのオペラのなかで、最もおもしろかった(つまり、まったく退屈しなかった)。これまで一番好きだった魔笛はパパゲーノか夜の女王が出てこないと退屈だが、ドンジョヴァンニにはそういう退屈な瞬間がまったく無い。登場人物たちのキャラが立ちまくっているからだろう(魔笛だとタミーノとパミーナとザラストロと三人の弁者が悪い意味でキャラが立ちすぎていて出てくるだけで退屈きわまりないからな)。
というわけで、実に楽しいひと時を過ごせた。
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