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日々の破片

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2012-09-25

_ 久々に文学で感動した

最近、遥か以前に買ったウィーン世紀末文学選という岩波文庫を読んでいる。短編集で、世紀末ウィーンの香りがするようにという選者(池内紀)の意図から、短編小説あり、散文詩あり、批評ありといろいろでそれぞれ興味深い。

リヒャルトシュトラウスの楽劇で勝手知ったるホフマンスタールは、商店の女との一晩過ごし、翌々日にペストで死んでいるのを見るという幻想的で不可思議な作品、シュニッツラーの作品は亡霊が自分が死ぬ原因となった妄想の恋を語り掛け、バールは二股をかける女性に目が眩んだ若い伊達男とフランス人の太った商店主の奇妙な友情のような感情、シュテファンツヴァイクはギリシャ語の授業に落ちこぼれた学生の唐突な死という具合に、ヨーゼフ2世は死んで、ドイツハンガリー帝国は瓦解して、ナチスが出てきて、貴族は没落し、金持ちは破産して、それでもなんだか陽気なような、陰気なような、てんでんばらばらな作品と、あいまあいまのページには、クリムトやユンクやココシュカの画がはさまる、豪華なような優雅なような力強くもあり儚くもある、そういった作品集で、読めば頭の中ではシュトラウスのコウモリが浮かれていたり、トカイワインがふるまわれたり、エレクトラの不協和音が鳴り響くといった具合だ。

で、そうやって楽しく読んでいたら、突然、実に奇妙な作品に出合った。

題は『すみれの君』で、作者はポルガー。題はぱっとしないし作者はまったく知らんうえに名前を聞いたこともない。

読み始めるといきなり伯爵と男爵のトランプ勝負から始まる。伯爵は軍人をやっていておどろくべき伊達男で皆に好かれる軽妙洒脱な男で『すみれの君』とご婦人がたには呼ばれているのだが、いざ自分が話はじめるとえらくつまらないことしかしゃべれないという紹介がされて、つまらない男なのかな? と読み始める。

徹底的に男爵に負けて、信じがたい借財を負う。ギャンブル好きなのだが弱いのだ。すでに借金をしまくっていて、借りるあてすらない。

それでも24時間以内に返すと約束して金貸しのところへ行くと、大尉(伯爵は中尉なのだった)が保証人になれば貸してもいいと言われる。

でも大尉は旅行中で週末にならないと帰らない。

そこで伯爵はいきなり偽造の保証書を作って金を借りて男爵へ返す。

なんだこの話は?

と思うと大尉が帰ってきて、驚きあきれ借金のでかさに目を回すが、どうにもしょうがないので立て替えてやる。金持ちで良かったね。

という調子で世を渡っているので、ついに伯爵は軍人でいることすらできなくなり、ヨーゼフの服をヨーゼフへ返すことになる。

その後は、競馬の予想屋をやったり、給仕をやったり、社交界の裏方として社交界の中で生きる。

どんなに落剝しても、モノクルと白いカフスは常につけている。

これはいったいどういう話なんだ? と不思議に思いながら読み進める。

作者が登場し、伯爵は、美醜に厳格、卑しさと貴さに厳格、しかし、正不正には曖昧な2重思考の持ち主と説明する。なるほど男爵へきっちり金を返す律儀っぷりだが、それは大尉の署名を偽造し肩代わりさせるという不正のたまものであった。

ついにオーストリアハンガリー帝国は瓦解し民主化され、伯爵は伯爵ではなくなり、しかも年も取ったし、貧乏はどん底で、それでも馴染みの女性たちの誕生日には伯爵家の紋章を手で描き込んだカードを渡す(でも貧乏が恥ずかしくて会わない)とかしながら暮らしている。

ますますどうなるんだ、この話? と疑問に思うのだが、訳がおそらく元の文章を反映しているのだろう、優雅な語り口で先を読むのは楽しみである。

そこに大物女優が訪れる。伯爵は家に入れたくないが入ってきたものはしょうがない。

女優いわく、私と結婚してください。はてなんのことですか?

良くわからないが当時の法律の問題があるらしい。女優は私生児を孕み産むことになる。それはあり得ないことなので、結婚してほしい。した瞬間に離婚してくれ。お願いだ。

もちろん喜んで、と女性には優雅に振る舞う伯爵は二つ返事で引き受ける。

そして結婚式を目前にしたある日、伯爵が女優を訪ねる。「指輪が……」(伯爵はお金がないので、当然、指輪を買えない)

「どうせすぐに離婚するのだから、そんなものは不要よ。気にしないで」と女優は答える。だが、結婚に指輪を渡さない花婿があるだろうか、と伯爵はしばしこだわる。

女優はそれを軽く流し(しかし、これだけ落魄していても、紳士の務めに忠実であろうとする伯爵の思いに感銘を受ける)、今晩身に着けるアクセサリーについて相談する。落魄しきっているとはいえ、伯爵の審美眼は常に信頼に値するのだ。

伯爵は、最初に見せられた宝石がてんこ盛りのブローチを否定する。女優はそれを受けてシンプルな腕輪を手に取り、ブローチを伯爵にしまうようにと渡す。

そして結婚式が行われ、お互いに署名した次の瞬間に弁護士があらわれ離婚調停の準備をする。もう帰っても大丈夫よ、と女優は伯爵に告げる。

そのとき、伯爵はさっと小箱を取り出し女優に渡す。これをどうぞ。そして立ち去る。

女優は箱を開けると驚く。すばらしく優雅にして精細な細工がなされた指輪が入っているのだ。

それから数日して女優はブローチがなくなっていることに気付く。警察がブローチを探すと、ある宝石商がそれを扱ったと名乗りをあげる。ある紳士がそのブローチを渡して、加工賃として宝石を取り、台座を加工し直して指輪にしてくれ。そのデザインはかようにし、このような意匠にと、こまごま指示を出したのだ。

はい、それは私です、と伯爵はあっさりと認める。

女優は保証人となり、伯爵は養老院に入る。そこで女性たちの人気者になる。ゲームをすると必ず相手に花をもたせ、フランス語で優雅にゲームの相手をしてくれたことに礼を言うからだ。

女優は生まれた女の子に、『すみれ』と名付ける。

……

なんじゃこりゃ、と短編小説の名手たるオーヘンリーやサキやモーパッサンなどの諸作品と高速に比較しながら(そしてそれほど大したことないやと考えながら)、おれはすさまじく感動している自分に気付く。

何におれは感動したのだろうか? まったくわからない。伯爵の優雅な(しかし不遇な、でもまったくもって自業自得な)生き方だろうか、女優の伯爵に対する思いやりと敬意だろうか(だがずいぶんと図々しくもある願いはどうだろうか)、はて不思議だ。不思議だが、伯爵とそれに振り回された大尉や女優や宝石商や、あるいは養老院の老女たちが、いきいきと暮らしている様子がわかる。驚くほど悪意がどこにもない作品だから、気持ちが良いのかもしれない。だが、それだけなら感動はしない。単に気分が良いだけだ。なので、そういうわけでもない。

どこか、おれの琴線に触れるところがあったのだろう。

ウィーン世紀末文学選 (岩波文庫)(池内 紀)

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_ はら (2012-09-26 01:42)

うーん、すっかり読んだ気になったよ。ありがとうございます。

_ arton (2012-09-26 02:03)

いや、それはもったいない。これはあくまでも粗筋(というのとはちょっと違うかなぁ。換骨奪胎したもの)で、オリジナルの翻訳の持つ味わいが重要だと思います(が、筋そのものに魅力があるかも知れないと自分で読んで思ったりもしますけど)。

_ はら (2012-09-26 06:46)

とりあえず買いました。例によって30円かあ。


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