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アルミリアート+マクヴィカーで、イル・トロヴァトーレとアンナ・ボレーナ。
イルトロヴァトーレはマクヴィカーの演出が素晴らしい。特有の猥雑さは3幕初めの伯爵の軍隊のシーンくらいで、インタビューでも歌手が全員口を揃えて言うように、回り舞台を使うことでスピーディに場面変換するため、話の流れが実にスムーズになる。
というより何より、最後の馬鹿げたセリフ——つまり、マンリーコの育ての母親とルーナ伯爵の「お前の息子は死んだ!」「あれはお前の弟だよ!」「なんてこったい!」が、信じられないほど説得力があってびっくりした。こんなイルトロヴァトーレがあり得ることに驚いた。ひとつに、ジプシー女を歌ったドローラ・ザジックが陰々滅々(幕間のインタビューですら、皮肉交じりでおかしなお婆さん状態に没入していたし)、義理の息子よりも母親の復讐のほうを重視して生きていることがありありとわかる演出+演技だったからだと思う。
アンナボレーナもマクヴィカーの演出が素晴らしい。どうも、この演出家は、アメリカで舞台を作るときは制約が間違いなく多いために、表現を抑制してしまい、むしろそれがうまく働いているのではなかろうか。
まあ、誰がどう見ても、アンブーリンが弟と近親相姦しただのなんだのというようなことは有り得ないわけで、ドニゼッティの作品でも、徹頭徹尾、アンナボレーナは悲劇の人、ロシュフォールは従容と死刑を受け入れる立派な武人、ペルセは最初おっちょこちょいの阿呆と思わせて最後は立派な態度(いや、とは言え、ペルセの「おれのせいでお前を殺すことになったのは申し訳ない」、ロシュフォールの「もう覚悟はついている」、ペルセの「立派に死のう」のくだりは長すぎてうんざりした)、小姓はケルビーノをさらに低能にしたような阿呆、しかしなんといってもエンリコ8世がわがままで冷酷なクズという描き方がされている。で、おそらく演出のしどころは、シーモアを王冠を狙う毒蛇として描くか、恋と友情の板挟みで苦悩する近代的人間と描くか、なのだろうなと思った。マクヴィカーは後者で、それはエカテリーナ・グバノヴァという歌手の雰囲気も多分にありそうだ(DVDで持っているウィンスターツオパーのやつは、ガランチャなのでどちらかというと毒蛇寄りに見える)。
というより何よりもアンナネトレプコが素晴らしいのだった。この作品は非常に大変なので幕間インタビューではなく、開幕前インタビューにして欲しいと申し入れがあったらしく、メトの総裁直々に開幕前インタビューをしているのだが、まあ、熊のヌイグルミのように顔が丸い。
ところが、舞台で歌い始めるやさっきの熊のヌイグルミはどこへ行ったのか? と不思議に思うくらいにディーバになってしまう。あまりの変わりように驚いた。
他にアンナボレーナでおもしろかったのは、幕間インタビューに衣装デザイナのティラマーニという人が出てきたことで、ちょっと魔女っぽいのだが、話を聞いているとグローブ座で衣装を担当していることもあって当時の衣装マニアらしい。というわけで、ヘンリ8世時代の肖像画家の作品すべて検討し、ヨーロッパに残されている衣服を調べ、下着はリネン、その上にシルクといった素材で、おそらく当時はそうであっただろう衣装を再現したらしい。
一方、歌手は、下着がごわごわして締め付けられるとこぼしていた(確かペルセの人)。ぱっと見、えらくごわごわの当時の紡績技術をまねたようなリネンに見えるからまあそうなんだろう。おまけに着るのも脱ぐのも大変なので着替えができないとか。
アルミリアートの指揮は切り替えが早いのが良い。
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