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日々の破片

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2014-06-07

_ 影のNo.2という存在

以前購入したまま、下巻が店頭にないので放置していた龍のかぎ爪 康生の上巻を読了(なんかKindle疲れしたのか、紙の本を読みたくなったらしい。というか、登場人物が100人をゆうに越えて、それぞれが固有の役割を持ち、思想をころころ変えながら歴史の大波を潜り抜けたり沈み混んだりというか浮沈という言葉があったが、するタイプの本を読むとなると、すぐに3ページ前や10ページ前は1/3あたりや1/5あたりや、冒頭近くや、5年前の記述あたりといったことで読み返しが必要となり(複写的な記憶力は持ってないので、リレーションシップのみで記憶しているからだ)、そういう場合にはKindle PWのめくりの遅さは完全に役立たずなので、紙の本で読んで良かった。仮にこれをブックマーク機能を駆使するとなると、ブックマークの数も100を優に越えることになり、Kindle PWの速度ではブックマークをめくるだけで意味ないことになるし、検索語はすべて独特な固有名詞となるため、単漢字の最後のほうなので入力すしているだけでやはり意味を失する)。

結論:まともな本は紙で読むにかぎる(現在の技術力では)。

龍のかぎ爪 康生(上) (岩波現代文庫)(ジョン・バイロン/ロバート・パック/田畑 暁生)

この本は、康生という毛沢東の影(ここ重要)の側近で、この本を読む限り数千万人の命をひねりつぶした男についての評伝だ。

上巻なので、19世紀の最後に大地主の子供として生まれ、1920年代の上海で共産党のテロ組織の首魁として国民党と戦いながら、都市共産主義の末期にソ連に渡りNKVD(元のチェカー、KGBの前身)と共同歩調を取ってトロツキスト狩を行い、と同時にスターリンの権力闘争の方法論をがっちりと学習し、延安に渡り最初王明派、すぐに毛沢東派にくらがえし、整風運動を指揮、整風運動のやりすぎで中央を追放されると、反地主闘争を指揮して大成果(まったくおぞましいことだ)を挙げ、中央へ復帰しつつある(1950年代)ところまでが書かれている。

歴史の本なので、南京で日本軍が(この本の本文では)最低1万(注として西側の見解では4万(従軍した親戚から聞いた話からは妥当な数)、中国側の見解では30万(さすがにこれは自分の被害を白髪八千丈の文脈だろう))の市民を殺戮したことが書かれているが、すぐに整風運動で数万人が犠牲になっただのと出てくるので、日本の蛮行がかすんでみえる仕組みとなっている(とは言え、整風運動の前哨戦として、日本軍のスパイ(実際に多数いたようだ)という名目でばんばん殺しているから、エクスキューズ付けに利用されているのはこちらのせいだ)。反地主闘争では全国で数千万という数も出てくるが、ベースが当時で8億人いるから、数千万の犠牲は問題とならないのだろう。

読んだ限り、反共主義者が書いた針小棒大な悪の帝国本ではなく(それでも数千万という単位で人が殺されるわけだが)、それなりに信憑性が高そうに思える。1990年代あたりの、比較的冷静な中国観(それより前は文革支持派の毛沢東万歳な本が多く、現在は反対方向に振り切った反毛沢東本が多い)で記述されているという印象を受けた。

まず、この本を読んで最初に興味深いのは、当時の上海租界がどういうものだったかがうまく描写されていることだ。

青幇杜月笙のように表面的な歴史の本ではあまり言及されない人物から、これまたあまり言及がない李立三の冒険主義的指導まで書かれていて、あああれは実際にはこういうことだったのだろうな、というこれまで読んだ中国の歴史についての断片の整合性が取れる感覚を味わった。

なんというか、康生のその後の思考回路にえらく影響を与えたに違いない(この本は個人的な指向の問題としているが、そうそう世の中おかしな考えの持ち主ばかりではないと、ハンロンの剃刀を使えば、そう結論せざるを得ない)。国民党の上海クーデターという裏切り(それは青幇の裏切りでもある)以降、国民党、日本軍、青幇はじめとした地下結社、モスクワ寄りの共産主義者、農民寄りの共産主義者(ただし上海にはいない)、陳独秀のような公然たるトロツキストが、それぞれのスパイとテロリストを抱えて、しかも共産党内部での細かな派閥による権力闘争が同じくスパイとテロリストを抱え込んで行われているところで、組織の長として内部からの追い落としを避けながら、本物の敵の攻撃から身をかわしながら生き抜くには、すべてを疑い、水に落ちた犬を叩く精神を貫かなければ生き抜くことは不可能だからだ。

それにしても、整風運動までは良いとして(権力闘争の範疇だからだ)、反地主闘争のあたりは実に胸糞悪い。戦中に共産党のために貢献した地主(地主だから貢献できるわけだ)の名字が牛だということから、鼻輪をつけて顔面血まみれのまま村中を引きずり回すところなど、とても本当のこととは思えない(が、本当なのだろうなぁと信ずるに値するのは、それが方法論として康生の中では確立しているのがそれまでの記述から理解できるからだ)。

そういえば、これほどの重要人物なのに、なぜおれは、康生という名前に聞き覚えが無いのだろうかと読んでいて不思議になる。それ以外の中央委員かそれに準ずる連中についてはほぼわかるのだが。

で、開放改革路線のおかげで出て来た廬山会議が中国共産党の人間関係の知識の源なのだから、ここには康生は出席していないのかな(歴史的には下巻となるはずなので、上巻では当然ながらまったく言及されていない)と読み返してみた。整風運動のやりすぎで中央を放逐された時期の末期かも知れないし。

廬山会議―中国の運命を定めた日(蘇 暁康/陳 政/羅 時叙/Su Xiao Kang/Chen Zheng/Luo Shi Xu)

ところが、読んで驚いた。出ずっぱりなのだ。というか、むしろ主役側だ。

彭徳懐批判の最初の口火だし、張聞天(ja.wikipediaからも抹消されている不幸の人。初期共産党がソ連建国直後に留学させた人で、正統的な学者である)が正しく論理的に彭徳懐を援護したのに対して(毛沢東路線は明確に間違っていたので、理詰めで大躍進を批判されると反論できない)恐るべき方法を駆使して論破する役割を果たしている。

この技術はそういえば、安能務の中国史ものでも時々お目にかかる。

記憶にあるところでは、三国志で呉の学者たちを諸葛亮が論破するところがそれだ。

三国演義〈第1巻〉 (講談社文庫)(安能 務)

諸葛亮や康生の議論術というのは、以下の手順を取る。

1)相手に話をさせる。その話は通常、正しい(大躍進は間違っていたし、その時点の呉は魏と戦うべきではない)

2)いかにも正しいですなというように相槌を打ちながら拝聴する

3)相手が一息ついたところで、調子にのってぽろっと漏らした片言や過去の言動をいきなり取り上げて糾弾に回る。相手はあまりにも馬鹿げた揚げ足取りなのでびっくりして黙る。

4)とにかく喋りまくって相手が反論できないようにする。

5)他のメンバーが1)の内容を忘れた頃を見計らって、結論を言う「お前は間違っている」

6)相手は既に反論の機会を失い沈黙を与儀なくされる。

これは相手が学者や学者ではないまでも知識階級で高度に洗練されているほど役に立つ技術だ。揚げ足取られた言葉が口に出たのは事実なので3)の時点で反撃できないからそのまま4)に持ち込めるからだ。また、知識人はコンテキストを説明しようとするため、揚げ足を取るための材料を話に含めることが多くなる。今Cを言いたい時に、Aという前提があり、それに対してBという反論もありえる。しかしそれはAのaという前提によって覆る。したがってCである、と話そうとしているとする。しかし敵対者は、Bという反論と言った瞬間に「つまり、あなたはBという考えが我が仲間内にあるということを前提しているわけですな。そのような疑念を持つ人間がどうして指導的立場を持てるのか私には不思議です。というのは、もし主席のお言葉に忠実であるならば、最初からBなどという考えが生じる余地がなく、そのような考えがあなたの口から出てくるということは、まさにあなたがBという考えを心の底に持っているからに違いありません……(延々としゃべりまくる)」

対抗方法は恥も外聞もなく、3)の時点で間髪を入れずに「黙れ、そんなことはどうでも良い。お前は人の何を聴いていたのか。ばかめが」と高圧的に出て、「みなさん、おっちょこちょいのでしゃばりによって水を差されましたが続きです」と2)を続ければ良いのだが、そういう芸当はまともな知識人にはできないので、諸葛亮や康生といった連中が権力を握るのだった。

(龍のかぎ爪はアメリカ人が書いた本なので、こういったアジア的な議論術についてはまったく触れられていない。だが、おそらくマッカーシーとかこのての術を駆使したはずなので、アメリカに存在しないわけがない)

で、思い出したが、あまりに廬山会議での康生が不愉快な人物のために、完全に頭の中から消されていたのだった。本当に悪い奴が表に出て来ないのは、こういうことなのだろうなぁと感慨にふける。

で、劉少奇や林彪といった表のNo.2は、直接的にNo.1に対する個人崇拝を人民に語ることから、No.1に直接的に疑われ失脚しやすいのに対し(廬山会議の結論を一言で説明すると、劉少奇によって毛沢東への個人崇拝路線が決定付けられたとなり、康生は出て来ない)、康生のように裏からNo.1を支えると長命を保つのだなという教訓が得られるのであった。


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