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妻が正月中に読むつもりで借りて来たらしい『ネットのパン屋で成功しました』という本がテーブルの上に置いてあって何気なく手に取って読んでみたらなかなかおもしろい。というわけで読了。とてもおもしろかった。
この本はすごくお勧めしたい。ここまでケーススタディとして起業と経営課題とビジネス戦略とお金の回し方について、わかりやすく卑近な例(創業資本金600万円らしい町のパン屋さん)を元に書いたものは無いと思う。
高校時代に近所のパン屋でアルバイトしていろいろ問題点を見ていろいろ考えて、その後短大に進んで就職。1回転職した先が倒産しそうになったので、やめてパン屋を作って苦労したけど成功しました、というのがストーリーだが、それは全くどうでも良い。
まず、本人が書いたのか、本人のメモか何かをゴーストライターがまとめたのかはわからないが、パン屋を始めてからのパート(全体の5/6くらい)が、
・パン屋一般の経営課題
・私はこう考える
・ルセット(この人のパン屋)はこうやった
という形式で書いてある。
こういう形式で書けるということは、まともにものを考える人だ(したがって、本としてまとめたのが編集者かゴーストかはどうでも良い)。
その課題はそりゃそうだろうというものから、なるほどパン屋を取り巻く環境はなかなか厳しいものなのだなぁと興味津々までいろいろある。こうやったの部で、なんでそうなるの? と不思議に感じたのは、耐久性やサイズの問題から家庭用パン窯は使えないというのに、家庭用電気パン窯を導入したというところで、ここだけは混乱して2回読み返した。家庭用というのは単なる修飾子であって、重要なのはサイズ(大量に焼けなければ効率が悪い)と耐久性(毎日2~3回利用する)で、それがクリアできるのであれば家庭用かどうかは問題ではなかったのだった(それに2基設置したとあるし)。
もう1点は手荒れの問題と衛生的な見た目の問題で、「こうやった」のところに薄い手袋をしているというのが出ていて(5行のうち4行読むモードで読んでいたから、何か要点をすっ飛ばしたかと思った)ここも論旨を読み直す必要があった。要は、オープンキッチン方式(これは後で出てくる)ということと、素手でも高温で焼くので衛生問題はまったくなくむしろパン生地の加減を見るのは素手のほうが良いというのと、知人の「パン屋が素手で生地をいじくりまくっているのは気持ち悪い」という妄言(とは言え、そういう見方もあるという情報ではある)と、手荒れがすさまじいという話とから、導かれた結果らしくて、なるほどとは思った(手袋をいろいろ変えて試して最後はブランドが指定されていてちょっとおもしろい)。
出資者の話も興味深いし、内装施工業者の話もなかなかおもしろい。
高校時代のエピソードからして、パンが作りたいわーというような人ではなくて、何か突然変異的に批評眼と起業家精神を持ってビジネスセンスを磨いてきた人が、理想の(つまり、おいしくて、高価格を維持可能で、つまり儲けをきちんと出して、それによってさらに開発が可能で、したがっておいしくて、高価格を維持可能で……という上昇スパイラルを描ける)パン屋をどうやって軌道に乗せたかという内容だった。
この本の中心コンセプトにありそうな一文が、内装と見てくれがどれだけ重要か、について書いているところだ。モノが良ければ売場の見てくれはどうでも良いとかぬかす人は、表参道のルイヴィトンの店を見てみろ、世界最高と誰でも知っているカバン屋が、店の見てくれのためにどれだけ力を入れているか知ってからものを言えとか、まあ、確かにそれはそうだ。アップルもそうだな。
ネットショップ(なるほど、まずシズル感がいきなりあるぞ)
アマゾン評はこの本のどこを読んだのだ? と不思議になるようなものばかりで、それはそれで興味深い。というか、おれが先入見抜きに読んだのが良かったのかな。(追記:2003年にこの本が出た後に、類書がいくつか出ていて、それらが押しなべて評価が悪くないのを見ると、パン屋起業をしたい一定の需要があるようだ。で、この本の内容はパン屋を起業するにはまったく参考にならないということで評価が低いようだ。それならわかる。著者はパン屋の経営をどうすれば失敗しないか(成功させるために努力できるか)についてはいろいろ書いているが、美味しいパンを焼く方法にはまったく触れていない。そこは大前提過ぎてどうでも良いからだろう)
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