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マンガのイノサンを読もうと思ってアマゾンへ出かけたら、もっと読みやすそうな新書をお勧めされたので(マンガが読みたいと言うよりもサンソンという死刑執行人に興味を持ったことと、おれはフランス革命史が好きだからなのだ)、そっちを買ったら、これがめっぽうおもしろく、すぐ読み終わってしまった。
筆者の構成と書きっぷりが実に良い。
最初に当時のフランスにおける死刑執行人の地位、社会的評価が説明される。
日本の首斬り浅右衛門と異なり首を斬るだけではなく、拷問(処刑前に苦しめて、見世物ではなく見せしめにする)から車裂き(手足の骨を砕いて出血多量死させるものらしい)まで何でもやるので、基本的に人非人とみなされてほとんど村八分となり、全国の死刑執行人ギルド以外とはほぼ付き合いができない状態の生きるに困難な職業だ。これらから、一度この商売に足を突っ込むと、2度と普通の社会に戻ることができない。
ではなぜ初代サンソンがこの因果な職業に足を踏み入れることになるのかが、まず説明される。
運命だなぁ。
恋人を巡る親族間の行き違いあり逃避行あり災害あり死別あり人情あり恋あり恐怖の恋人の父親あり拷問ありで、結局そうなってしまったのだった。
かくして初代は、子孫に対して、なぜ自分がこんな因果な商売に首を突っ込んでしまい、子々孫々までのある意味禍根を残すことになったのか、神も照覧あれ、しょうがないだろうという自伝を書くことになり、これが見えざる家訓となり、サンソン家は代々自伝を残すことになる。
無茶苦茶おもしろい!
とは言え、世の中は、特にこの時期のフランスは、人権概念が成立し、平等が求められるようになりつつあるので、進歩的な立場の人がいる。
かくして、2代目サンソンは、進歩的知識人の校長がいる遠く離れた地方(地元では誰が誰だか知っているので死刑執行人の息子ということで確実に排斥される)の寄宿学校で学ぶことができるようになる。
校長は進歩派なので、愚かな生徒がいることを慮って、彼の正体(死刑執行人の息子)を隠して、教育を授ける。
しかし、ある夏休みが終わったあと、彼の正体をなぜか知った生徒がそれを言いふらす。サンソンに降りかかるイジメの数々。それに加えて学校にねじこみ、校長に襲い掛かるモンペの大群。
進歩派校長は信念の人である。教育は平等であり、学は独立だ。断固として跳ね返すのだが、保守派のくずは最後の切り札に訴える。兵糧攻めだ。
金には勝てない!
かくして生徒数が1/3まで減少して経営が行き詰った校長は、サンソンに自主退学するように要請することになる。
3代目サンソンに対する中傷と、それに憤って確認に来たおっちょこちょいの伯爵との友情物語とかもしびれる。
というような調子で、社会はほんの少しずつだが前進し、ついに4代目が登場し、革命が起きる。
死刑執行人を平等に扱うかどうかで、国民議会も紛糾する。保守派(とかっこつけるのは世の常だが、しょせんは反動)は差別当然と言い張るが、自由と平等と友愛の波はついに死刑執行人を差別して商品を売らなかったり、店から追い出したり、ののしったりすることを禁止するまでに至る。
が、革命の問題点は、次のことだ。
革命とは天と地を引っ繰り返す人類の偉業だが、天と異なり、地は基本的にくそだということだ。一部の指導層(努力と精進と克己の人たちでもある)を除いて教育がないから(教育を受ける権利や、権利があっても金や時間がない)、革命の理念も人類史における使命感もない。
あるのは、ルサンチマンだけだ。
こういった連中がいきなり天に昇ったら何が起きるか?
社会的復讐だ。つまり暴力と殺戮だ。
(同じことは反動についても言えるわけで、フランス革命後の反動期には、革命期に幼少期を過ごしたせいで教育がないマリー・テレーズとその取り巻きによる革命期生き残りに対する暴力と虐殺が起きる)
というか、教育ない人間は暴力と殺戮が大好きな獣で、そこには思想も何もないということは、人類史の実験からわかっているはずなのに、文革やポルポト(こっちは左というか進歩)、ピノチェトやユーゴ分裂後のバルカン(こっちは右というか反動)で繰り返して、今また中東でも起きているわけだが、漸進的進歩しかできないように制約されている民主主義が一番だよなぁ、と考えざるを得ないわけだ。
というような革命の動向(何度もサンソンは死を覚悟する)とは別に、どうギロチンの刃を作ると瞬時に断首できるかの実験を行い最適解を見つけるルイ16世(進歩派が仇となった悲劇の人だが、妻の母国のオーストリアへ旅行へ行こうとしたのが直接的な致命傷。それにしても王こそ一夫一妻制を守るべき(昭和天皇みたいだ)とした自己規律が逆に作用して国民の憤激を王夫婦が一身に買うことになったというのはおもしろい。管仲の分謗論の先見性というか)や、いかにギロチンが人道的か国民議会で熱弁を振るうギヨタンことギロチン博士、平等思想から引っ込みがつかなくなりサンソンの代わりに死刑を執行しプレッシャーに耐え切れずショック死する名もなき革命戦士など、登場人物がみな良い味を出しまくっている。
僕は、無実というよりも許容せざるを得ない尊属殺人によって死刑を宣告された青年を助ける指導者がサンソンに語るセリフが気に入った。
これからは、あんたがだれかを処刑するときは、あっさり殺さにゃいかん。車裂きのような、苦しめるために殺すやり方はいかん。地獄は神様に残しておこうよ。わかったかい、シャルロ
(翻訳というか語り口調が実によいのが著者の特徴だ。素晴らしい)
なぜ、欧州で死刑を廃止することができたか(その一方でいつまでたってもアジアでは無くならないか)、ちょっとわかった。
根底には神の存在があったのか。
死刑執行人サンソン――国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)(安達正勝)
実におもしろかった。
それはそれとして、ラングの死刑執行人もまた死すはタイトルも最高だが、映画としても大傑作。
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