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港区やら松戸やらの郷土資料館に行くまえに、まず足下を照らせということで、渋谷区の郷土博物館に行く。場所は、ライフの帰りにお稲荷の脇を通って旧オウムの村井刺殺現場経由で帰宅するときに通るので知っていたのだが、初訪問となる。それにしても、山種美術館だの国学院の博物館(感想を書き忘れている)だの、薩摩屋敷跡だのおもしろいものが多い地域だな。
目当ては町内会の掲示板で見かけた渋谷川の昔の写真展なのだ。そんなもの先日まではまったく興味がなかったが、港区の資料館で見た北青山団地の昔の写真がえらくおもしろかったので、俄然興味が湧いたのだった。
おもしろい。
展示がうまくて、最初にどの写真が現在のどこかを示す地図がある。そのあとに写真が続き、千駄ヶ谷駅高架下になるあたり、国立競技場前、(ここが飛んでしまうのは、当時はわざわざ写真を残す必要があるような場所だとはだれも考えなかったからだろう)キャットストリートあたり、隠田あたり、宮下公園近辺、渋谷駅近辺、恵比寿、広尾と昭和初年から7年あたりの写真と、その現在の写真を上下で並べて表示してある。
しびれまくる。
くねくねした渋谷川と木などでいい加減に架けられた橋や、氾濫(昭和2年か7年、すでに覚えていないのはもったいない)によって作られた護岸(3段構造)や金属橋、ガード下の鋳物工場、中折れ帽の3人組、高島屋、家具屋、民家、写真に写りこんだその時点の社会と、その90年後くらいの社会の同じ物理位置の異なる時空間という展示構造の妙がすばらしい。上下の写真の間を粒子が飛び交い、横の間を電子が流れる、超アナログ量子コンピュータ展示だ。
常設展も意外と悪くない。江戸時代の部屋、昭和初年代の部屋の復元も良い。
小学校で習ったような覚えもあるが、東京市が23区制に移行する前は、渋谷町、千駄ヶ谷町、幡ヶ谷町に3分割されていたことが示され、それぞれの人口動態が展示されていた。なるほど、特に千駄ヶ谷の急激な人口増加カーブは、移住者が大半を占めることによってご近所さんに見知らぬ顔が急に増える疎外感、隣がなにものかわからない恐怖感や危機意識を増幅させて、それに対する緊急時下の統制によって、朝鮮人大虐殺(生き残りから誤爆されそうになった話を良く聞かされたのはそういう環境に起因するわけだが、当然誤爆を免れた人を見かけたら背後に30人の殺戮があるだろう)につながるわけだな。同様に、千駄ヶ谷が永井荷風の目を引いたのも、ちょっと特殊な独身女性の町の地位を占めたのもこのあたりの人口動態に関係しそうだ。
ハチ公の銅像は2つあることが示される。初代は戦時供出で鋳溶かされて、現在のものは戦後に作られたもので、初代と2代目の彫刻家が親子で、その子供も先日亡くなったとか(先日亡くなったことは窓口の人が教えてくれた)。
入ってすぐが1990年代? というような「現代ファッション」の展示で、相当引っかかったけど。
やたらと凝縮された展示なので1時間では1/2くらいしか見られなかったし、地下の文学館は完全にスルーせざるを得なかった。
また行こう。
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