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日々の破片

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2021-05-30

_ 帝国劇場でレミゼラブル

子供が急用で行けなくなったとかでレミゼラブルのチケットをもらったので行ってみた。貸し切り公演ということで、緊急事態宣言関係なく満席に近い。新国立劇場とは違うな。映画版をビデオかテレビで観たことはあるし、ミュージカルのCDとかは聴いていたが舞台は初めてだ。

いろいろ発見があった。

・ABCが歌う赤と黒は、共産主義(平等)の赤と絶対自由主義の黒のことだと思っていたから、赤も黒も同盟して第2王制の反動政権を叩き潰そうという革命歌なのだと考えていたら、赤は夜明けで黒は夜、赤は希望で黒は絶望みたいな歌詞(岩谷時子の訳が極端な意訳の可能性もあるが、そもそも仏→英の時点で変わっているだろうし)で驚いた。

・ガブローシュがテナルディエの息子として一切説明されていないので、単なる空から送られてきた天使みたいになっている。(エポニーヌとの対比がおもしろいのに)

・ジャベルの星の歌って、なんとなく最後橋の上で歌うのかと思ったら、途中の橋の上だった。

子供から、照明の使い方がおもしろいと聞かされていたが、確かにスポットライトをやたらとうまく使う(特に、バリケードのシーンだな)が、あまりにも天(要は神)に焦点を合わせ過ぎているような気がしてイデオロギーとしてはそれほど感心はしない。

それでも舞台というのは良いもので、レミゼラブルの構造が実にうまく浮き彫りになっていて感心した。

基本は、ジャンバルジャンとジャベルの対称にある。どちらも出自は最下層に近い(映画だとご丁寧に黒人にしていて――当時のフランスの有名な黒人といえばアレクサンドル・デュマ(混血だが)自身もそうだが、その親父がいろいろ軍隊で功績をあげてもなかなか差別されていてうまくいかないとかある――より強調されているのは牢獄で生まれたことまで説明しきれないからだろう――追記: 子供から映画ではなくそれは25周年ミュージカルだと教えられた。ということはミュージカルの舞台も家で観ていたのだった)が、片方は才覚をもって工場経営者(ブルジョア階級だ)にまで上り詰めて(その後もうまく資産運用をしているのは間違いない)、片方は当時フーシェによって創設されたばかりの近代的な国家警察の刑事という最新の職業人(ホワイトカラーに近いが、それでも雇用されて給与を得ているのでプロレタリアート)として職務のために誠心誠意はりきる。星の歌を聴いていて、なるほどミュージカルの作者も、この生まれたての職業に対してジャベルが圧倒的な誇りをもってこの職業はこういうものであるという宣言を歌わせているのだな、と感心した。と同時にそれだけにジャンバルジャン(ブルジョア)に「職務の奴隷め」と吐き捨てられているところのおもしろさも生きている。

次がマリウスという貴族の子供とテナルディエというルンペンプロレタリアートの代表でこの二人の共通性と対称性が抜群。あとマリウスが弁護士になるというのも、1791の時の弁護士という職業人たちの活躍を考えると実におもしろい設定だ。

とはいえ特に興味深いのはテナルディエで、宿屋の主人のときは町の哲学者を自称し、結婚式の場には男爵として乗り込む。暴動時には火事場泥棒として活躍し、ジャベルともなあなあの関係を持っていたりと、とんでもないエベール親父だが、まあそうだよなぁとユーゴーの社会観察の鋭さに感動する。もちろんだからこそ、マルクスはルンペンプロレタリアートを蛇蝎のように排斥することを訴えることになるわけだが、テナルディエの存在こそが社会がどう転ぶかの決め手となるのだった。というわけで、ミュージカル作者もテナルディエを音楽を使って妙に強調しているのがおもしろい。

そしてエポニーヌとコゼットというのが一見するとマリウスのせいで対称のように見えるが、そうではなく、同じルンペンプロレタリアートの子供のエポニーヌとガブローシュで、ここで、それまでの時代であれば労働力となる男子優先で育てて女の子は捨てるのが通常だったのにもかかわらず、この新しい時代の階級であるルンペンプロレタリアートでは男の子を捨てて女の子を取るという対称性のせいで、ここでもユーゴーの観察眼の鋭さに舌を巻く。そしてガブローシュがジャベルと親し気であるにも関わらず人生の命運を決める瞬間に革命側につく(この決断は失敗となるわけだが)のも興味深い。

もしエポニーヌが生きていたら、コレットのシェリーで垣間見られるが、年老いた娼婦はどういう老後を送るのか? の成功側(シェリーに出てくる元娼婦たちは若い頃に稼いだ金を貿易会社や石油会社に投資して、立派なブルジョアジーとして優雅な余生を送っている)になっていた可能性が高い。テナルディエの子育ての選択はおそらく正しい。それにしても工場主となり(おそらくその後は隠し持った資産をうまく運用しているに違いない)ジャンバルジャンもそうだし、新興の職業に忠誠を誓うジャベル(彼がまさにプロレタリアートなのは、自己の信念が揺らいだときに平然と自殺することにある。宗教の尾を引きずる旧社会の住人には不可能な選択だ)も、娘を残して息子を捨てるテナルディエにしても、出自のわからない女性を妻にするマリウスにしても、革命の落とし子たちそれぞれの描き方が本当に見事な作品(小説もそうだが、このミュージカルもそうだ)だ。


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