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日生劇場でパシフィックオーバーチュアズ。
この作品はおれにとっては生涯で初めて最初から最後まできちんと通しで観たミュージカルという点から特別な思い入れがある。だから、当時の邦題のパシフィックオーバーチュアズのほうがしっくりとくる。
時は70年代中頃、ミュージカルはブロードウェイの劇場と宝塚歌劇場はともかく、映画の世界ではジャックドゥミー以外は誰も作ろうともせず(作ってもベルサイユのバラのように大ゴケするものと相場が決まっている)まだザッツエンターテインメントによる復興もなされていない時代で、ほとんど誰もが興味を欠片も持っていない頃だ。
アメリカ建国200年記念を飾る作品だということだからか、それとも日系人のマコ岩松の当地での奮闘っぷりを紹介したかったからか、とにかく日本でもテレビで全曲放映が行われたのだった。
すごくおもしろかった。抜群だ。が、今となってはほとんど覚えていなくて、イベントとして記憶しているだけだった。
それで実に楽しみに観に行ったのだった。
開幕(というか、幕は上がりっぱなしで始まるけど)するやいなや、おれが最後まで楽しんで観られた理由も、きれいさっぱり忘れていた理由も思い出した(観ているうちに、エピソードを思い出す場所が無いわけでもない)。
ソンドハイムの作った曲がミュージカル文法よりもオペラ文法に近いからだ。ミュージカルは観たことはなくとも、ヴォツェックや青髭のような20世紀オペラを聞き慣れていたおれには、実にしっくり来たのだったな。覚えていないのは、いわゆる「メロディー」がほとんどないからだ。
ソンドハイムって妙な作曲家だ。どちらかというとルーツはヴァレーズの塊音やバルトークの雑踏や夜の音楽にあるのではないか? (というか、バーンスタインの影武者でもあるから、ニューヨーク都会音楽派とでも呼ぶべきか)
最初に頭の中で行われた音楽類型のパターンマッチング(音楽を聴くとき自然に行われる)で出てきたのは「アルマゲドンの夢」だった(つまりは20世紀以降のオペラだ)。それに続くのがヴァレーズのアルカナやバルトークの不思議なマンダリンの冒頭で、最後にイン・ザ・タウンやクール(の途中のナイフシュッシュのグリサンド群)といったバーンスタイン作品だ。
(とはいえ、今となっては、send in the clownsのような美しい曲も作れることは知っている)
それにしても歌手群は素晴らしい。これだけ不協和音と変拍子、シュプレヒシュティンメに近い歌をきちんとこなして、しかも舞台作品として実に自然に歌う。赤い火を噴く黒い龍の歌など実に楽しい。もっとも作曲家本人のお気に入りらしい木の上からおれは見たはあまりに長いうえに、おれの嫌いな人たちの好きではない言葉が延々と続く嫌な歌なので、うんざりした。一方、米、英、蘭、露、仏の軍艦が大暴れする歌は楽しくて好きだ。
元の作品を相当カットした短縮版のようだが、大きな流れは記憶の奥底とあまり変わらない。
浦賀奉行の香山とジョン万次郎が協同してペリーに対応する。ここでのジョン万次郎が居丈高に出てペリーを交渉の場に引っ張り出す(その術を香山に教える)あたりはオリジナル舞台では自虐ギャグとして爆笑を誘ったのではないだろうか。
しかし、米国と条約を結んだことで次々と他の国が不平等な通商条約を結びに来る。この作品というかこの上演では、特にロシアが治外法権を騒ぎ立てる悪役となり、緊張緩和というキーワードを連発するフランスが不可思議な位置にある。おそらくデタントは70年代中期ならではのキーワードだろうが、今となっては意味不明ではなかろうか。
香山は交渉をし続けるうちにどんどん欧化する。一方のジョン万次郎はどんどん侍化する。この場面の歌(香山が歌う)は良い。
ジョン万次郎は剣の達人となり、将軍(開幕時の設定のままなので13代将軍なのですでにパラレルワールドである)と香山を切り捨てる。
人形の天皇(開幕時は一歳と設定されている)が語り部に取って代わられ、明治天皇として韓国、台湾、満州を侵略し(という生な言い方ではなく、同じことを彼らに対して行うというわけだが)、不平等条約を解消して、太平洋を支配することを宣言して終結する。
現実の世界では太平洋を支配(幾分かは第一次世界大戦でのドイツの失敗によるわけだが)した後、アメリカに占領されてからの再独立といった厄介なことになり、しかしこの作品の70年代中期以降、経済的に太平洋のみならず世界支配をほぼ手中にして、しかし再度厄介なことになり、はて今はどういう時期なのか? というところが興味津々。ここからの再興期なのか。
それにしても建国200年を記念して自分たちが厄介な敵を解き放ったことをテーマにしたミュージカルを作るとは、アメリカは本当に底知れないところがある。
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