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テレンス・ブランチャードのチャンピオン。この作曲家の作品は初めて。
オペラ・イン・ジャズと銘打っているが、ジャズ(オーケストラピットにカルテットがいるらしいが良くわからん)の要素は良くわからない。
何よりも圧倒的なのは、エミール・グリフィス(子供、青年、老年の3人が出てくる)の青年期を歌ったライアンスピードグリーンでオペラ歌手とは信じがたい肉体(演出上、ボクシングのシーンがあるので当然上半身は裸になる)と見事な歌唱だった。
ヤニックネゼセガンも妙な服を着て指揮するなと思ったら幕間で、衣装係に用意してもらったといって見せびらかしたので良くわかったが、フーディーだった。ボクシングにぴったりだろ? で、二幕目の登場時はファイティングポーズを指揮台でとって喝采を受けていて、雰囲気の乗せ方も抜群の指揮者であるなぁと感心した。
まったく知らなかったが、エミール・グリフィスというバージニア諸島出身で50年代後半から70年代にかけて何度もチャンピオンになったボクサーを主題としたオペラだった。
帽子職人として出発したエミールはニューヨークの生き別れとなっていた母親の元を訪れる。母親は生み捨てごめんで次々と子供を捨ててはついにニューヨークで暮らしている謎の女(この後はステージママとして君臨する)で、エミールを長兄と勘違いし続ける。
知り合いの帽子工場にエミールを連れて行くと、工場のオーナーはボクシングのマネージメントをしたい男で、天才ボクサーがいないと嘆き節を歌っている。
そこに現われたエミールを見てピンとくる。その肉体はどうやって得たんだ? ブロックだ。という二重唱。ブロックってなんだろう? と謎のまま物語は続く。
工場の女工を含めた賑やかなシーンがそのまま舞台セットを変えてボクシングジムとなり、トレーニングに励むボクサーたちの後ろのリングでエミールが次々と相手をノックアウトしていく。ここの演出は抜群。実におもしろい。
子供時代の回想となり、ブロックの意味がわかる。預けられた叔母の虐待で、頭の上に重いブロックを持ち上げさせられることが続けられていたのだった。
この子供の歌手も抜群にうまい。特に2幕で、青年、子供、老年と3世代のエミールが交互に歌うシーンでは圧倒的だった。カーテンコールでもひときわ大きな拍手を得ていたがさもありなん。
2幕は冬の時代となり、エミールは負け続ける。
心配した帽子工場の親父が、テストをする。学校、ベル、鳴るの3語を覚えさせて時計を10時11分に合わせさせる。時計を合わせることはできず、3語は忘れる。パンチドランカーになっている。
ゲイクラブで若者とじゃれあったあと、外に出たところを袋叩きにされる。レントでコリンズがエンジェルに助けられるところみたいだ。アメリカはおっかないな。
老年のエミール(エリックオーウェンズ、老けメイクをしているがこれもうまいものだ)には献身的な看護士だか伴侶だかのルイスがついている。
ルイスに頼んで、試合中に殴り殺した(とはいえ、その前の試合ですでに異常を来していたことが語られている)ベニーバレットの息子と会う。息子は、おれから許しを得るのではない、それは人違いだ。あなたを許すのはあなた自身だ、と言われる。
確かにそうだな。
with you with meのアリアは耳に残る。
幕間インタビューで本人含め何人かが、作曲家のプッチーニ愛について語っていたが、どこが? と思っていたが、2幕の橋の上で子供が歌うところが、どうにもトスカの2幕の牧童の歌と重なって(曲調からシチュエーションからまったく異なるのだが)、こういうところかなぁと思った。
それにしても素晴らしい作品だが、青年期のエミールの歌手に求められる肉体(グリーンは役のために30kg減量したと言っていたが、ウェルター級は無理だからヘヴィー級の肉体を参考にしたとか、確かにヘヴィー級だ)、子供の歌手の少なくとも普通ではない歌手を揃えなければならない点で、そうそうは演じることはできなさそうだ。たとえばノルマのように数百年後に特異な歌手が見つけ出してレパートリーにするとかだろうか。
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