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日々の破片

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2023-11-17

_ 林芙美子邸の見学

妻が林芙美子邸の見学会があるから参加しようというので二人で申し込んだのは良いが、僕だけ当たったので観に行く。あいにくの雨だったが、庭が雨に濡れていて、それもまた風情があって良いものだった。

場所は中井の四の坂の登り口の角で、こんなところにあったのかと(中井には大沼映夫先生の家に用があって行ったことがある)思う。

玄関は坂の下の表玄関口からS字に曲がったところにあるのだが(道路に面した入口を開けても直接の玄関が見えないのは、アレキザンダーのパターンにもあったがそういうものなのだろう)、新宿文化事業としての入り口は坂を上ったところにある勝手口側にあった。

(坂の下の入り口から宅を見上げても玄関は直接見えない)

元は書斎(兼仕事場)のつもりの和室が明るくて賑やかだというので隣の納戸を仕事場にしたために、元書斎に続く和室に置き押し入れ(という言葉を初めて知った)を置いた(置くが重なるが、名前に「置き」が前「置」されているのでどうにもしようがない)とか説明された。元書斎には本来は本棚と仕事机があったらしき床の間とその脇にも床の間があってちょっとおもしろい。その向かって右の床の間には梅原龍三郎の薔薇の絵の複製が飾ってある。

なんでも緑敏はこの家で薔薇の栽培に目覚めて素晴らしい腕前になったらしい。というところから梅原龍三郎は薔薇を描くなら緑敏の薔薇と決めつけていたそうだ。

で、ふと中井英夫の流薔園を思い出したりしたが、中井英夫は中井に住んでいたわけではないだろうから、関係はないだろう。

薔薇への供物 (河出文庫)(中井 英夫)

玄関を右の1.5畳の上がり框(1.5畳が縦半分の半畳(初めて見た)が3枚)の右手が編集者の待合室で鬼門封じの庭が見える。おもしろいのは玄関の突き当りの左は母親用の小間へつながるようになっていて、入り口だけは2世帯住宅になっているところだ。

(小間側から玄関越しに控えの間を見る)

一方、勝手口に回れば明らかに異なる二棟となっていて、どうも建築当時(1941年頃)の時勢を反映して大邸宅はいろいろ差し障りがあるので2軒ということにしたらしい。

控えの間を無視して廊下を進むと左側に不可思議なアルコーブ(ただし和風。どうも謎の空間だったらしいが、他の参加者が気づいて学芸員に報せたらしく、学芸員たちが「あそこ、コート掛けだったんじゃないかって」「なるほどー」とか話していた。なんだかよくわからない仕掛けがまだまだ残っているらしい。平成元年に緑敏が死んで、平成二年に新宿区が文化財として買い上げて35年、まだよくわからないことが多いらしい。畳や障子は張り替えまくっているようだが、壁の漆喰は左官が消滅しつつある現在、ほぼ修復が不可能となっているらしくて、いつまで現在の姿で観られるのかが怪しいらしい)があり、その向かいに女中部屋がある。

巴里というか洋行仕込みで二段ベッドを導入したとか学芸員から説明を受けたが、普通に海軍では導入済みだから、別段洋行仕込みかどうかはわからないなぁとは思った。思ったが、女中部屋が二人用になっているのはなかなか豪気だ。

(女中部屋)

若い女性の部屋だから窓は三重にしてあると学芸員が説明する。

(女中部屋の窓は三重(多分、雨戸、網戸、ガラス戸で考えてみると当たり前だった))

そういえば、子供の頃の家には屋根裏に女中部屋があったが、時期的に林芙美子の1940~50年代とはずれているが、地方のそれなりの家庭の子女の結婚前の東京生活(見物)+家事作法の教育の場としての女中奉公という風習はいつ頃消えたのだろうか? (家の記憶だと昭和40年台頭のような。一回、家出騒ぎがあって子供心に何が起きたのだろうか? と不思議だったが、つい帰りが遅くなることもあるだろうとは今になってみればわかる)

いずれにしても、家にあった女中部屋にしても林芙美子の家の女中部屋にしても寝る用にしか使えないから、普段はいろいろ立ち働いているのだろうな。

その他、身長145cmの林芙美子が自分で高さを設計した台所の流しとか(実際に洗い物の動作とかしてみると、確かに低い)、檜の埋め込み浴槽(湯舟につかると窓から庭の紅葉が見える)とか見ておもしろいものがたくさんあり、学芸員の説明も知らないことばかりでおもしろかった。

どこからどう眺めても風が家の中を吹き抜けるように作られているのが実に見事だ。1940年代には暖房はあっても冷房は無いから、いかに風通しを良くして暑気払いしまくるかが肝要だったわけだが、冷房が普通に使えるようになった現在視点で日本の家屋は冬が寒いとか言い出すのは滑稽千万だなぁとか考える。もっともそのように使える技術が変わって夏場はエアコンで冷やせるのだから、冬場のあり方を考え直すのも当然のことではあった。

元書斎で受けた説明で、「まずは畳に座りなさい。立って見下ろしてもわからないことはたくさんある。なぜなら、畳の部屋は畳に座った目線で見るからだ。で、畳に座って縁側の向こうの庭を見て、鴨井を見上げ、床の間を眺める。壁を見る」というのはとんでもなく得心した。ていうか、小津安二郎の映画は視点が低いのではなく、往時に普通に生活している人間の目線ということではないか。と気づく。その家を訪れた良き隣人の視線であって、決して下男/奉公人の視点ではない。

それにしてもおもしろかった。新宿区は良い仕事をしている。


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