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妻が図書館から借りて来て読んでいるが、お前向きでは無いから貸さないとか言うので、興味を惹かれて読んでみた。どうも、涙と感動の人情ものらしい。
ところがどっこい面白かった。例によって、返してしまったので記憶頼りだ。
ラテに感謝! How Starbucks Saved My Life―転落エリートの私を救った世界最高の仕事(マイケル・ゲイツ・ギル)
ニューヨーカーの60過ぎの爺さんがいる。足腰は弱っているし、脳腫瘍が(まだ致命的ではないものの)あって、その影響で片耳が良く聴こえない。
元はイェール大学を出て、すぐに友人の引きで大手広告代理店に入り、ばりばりのクリエイティブ(コピーライターだと思った)として活躍していた男だ。顧客のためによりよいサービスを提供するために利益を使い、ポジティブスパイラルで大きくなる。だが、52歳の時に転機が訪れる。切れ者の若手経営者がやって来たのだ。そいつの戦略は、ベテランを給料が安い若手に総取り替えすることだ。似たような売上を低コストで上げれば、つまりは利益率が上がり、利益が上がれば株価が上がる。それは良い、大賛成と株主も大喜びだ。経験を重ねた技術職なんていらないや。
というわけで、いきなり馘首(くび)になる。馘首を通告したのは、自分がダイバシティを取り入れるために、上司や同僚を説得して入社させた女性で、今では社長に収まっている。まあ悪いようにはしないから、リベンジは一切考えないことね。
というわけで、最初は起業した広告会社に、かってのクライアントから仕事を貰い順調に進む。しかし、さすがに年を取ると、かっては自分を可愛がってくれたクライアントの担当者も代替わりし、いつの間にか、まったく仕事がなくなっていた。
しかも悪いことに子供が5人もいる。5人目は浮気の結果の子供だ。というわけで、妻は馘首された後に去って行った。莫大な慰謝料と共に。
そこで浮気相手と暮らし始める。それまでの4人は、仕事一筋、クライアントのために徹夜でプレゼン作って、飛行機で世界中を飛び回っていたので、赤ちゃん時代を過ごしていない。ところが、今は仕事がろくにないので暇がある。赤ん坊をあやしていて、たったの二つの音節、pa-paという言葉の素晴らしさに気付き、感激する。一方、浮気相手は、ニューヨークのスマートなエクゼキュティブを引っかけたつもりが、貧乏な中年(当時)とわかり、これまた去っていく。後には子供が残った。
さて弱った、とスターバックスでコーヒーを注文し、飲んでいると、若い黒人の女性の店員が「うちで働く気はありますか?」と問いかける。
思わず「働きたいです」と答えてしまう。
それからいろいろあって、主人公(は、作者のマイケル・ゲイツ・ギルその人だ)は、ブロードウェイのスターバックスでバリスタとして働くことになる。
働き始めて驚いた。
スターバックスは従業員に保険がある。医師に診察してもらえるのだ。
上司は黒人の高校もろくに出ていない黒人の女性、同僚もみな黒人、これまでの人生ではあり得なかった環境だ。一日中立ち、生まれて初めてモップを使って掃除をする。だが、楽しい。
そして、彼は仕事を通じてそれまで知らなかった真実の幸福を手にするのだ。スターバックス万歳! 世界最高の会社だ。パートナーもゲストもベストなエクスペリエンス。
いや、粗筋を書くと、くだらないのだが、これは変な本だ。
まず、これは「全米が泣いた真実」の本だ。
書いているのは主人公本人だ。
そしてスターバックスのPR本ではない。(日本版にいたっては、スターバックスが書名に入らない。ダイヤモンド社だけど)
原書だって、ゴッサムプレスだ。ゴッサムね。
だが、これを書いているのは、真実の話であるならば、超優秀な(航空会社の社名をCIで変えて見事に成功したり、クライスラーの売り上げを激伸ばししたりした)広告マンだ。
仕事風景が始まる。主人公は過去の回想に入る。家族との交流であったり、子供にろくなことをしなかった反省であったり、広告代理店での成功であったり、上司としてのまずかった対応であったりする。そして現在に戻り、スターバックスで働いている現在の自分が(年取って、金がなくて、子だくさんで、いろいろなネガティブな要素があるにも関わらず)そこで働くことで交流している同僚(パートナー)や客(ゲスト)によって、いかに人間的であることか! と感激する。
このパターンをさまざまなバリエーションでこれでもか、これでもか、と繰り返す。
確かに、優秀なクリエイティブだったと見受けられる。うまい。
過去のエピソードが普通ではない。ジャクリーン・ケネディやパパ・ヘミングウェイは出てくる、父親は有名出版社の編集者なので(梶原一騎みたいだ)、父親の思い出話としてトルーマン・カポーティが出てきたり(梶原一騎の男の星座で太宰治が出てくるのを思い出す)する。クライアントもビッグネームばかりだ。
それに対して、かっては避けて通ったこと間違いなしの、黒人の巨漢の先輩(すごくいいやつ)や、黒人のラッパー志願のいかした気のいい先輩(こいつもいいやつ)、さすがに全員いいやつばかりでは話がおかしいと考えたのか、大学出たのにスターバックスで働いている自分の境遇に不満でいつも怒っている(おかげで、あやうく主人公は馘首になりかける)黒人女性も出てくる。
その同僚たちとの交流の合間に、かってまさに黒人女性を職場で追い出したことや、ショービニスト的な振る舞いや、人種差別的振る舞いを反省する。
要するに、えらく人工的な香りがする。強く炒り過ぎて、これはコーヒーの香りというよりは、コーヒーが焦げた香りではなかろうか?
何しろ、スターバックスでの唯一いやなやつの役回りの女性ですら、最後は海兵隊の士官候補になることになる。後味の悪さを一切残すことが無いようになっている。
だが、それがうまく計算されていて、おもしろい。
しかも、上に書いたように、すべてのエピソードが、序(ちょっとした出会い)破(過去の回想、たいていはネガティブ)急(現在の幸福。ほぼ常にハッピー)で構成されているから、淀みがない。ただし、エピソードは飛ばしながら、徐々に過去の全体像が明らかになるように構成しているので、読みながら頭を使う必要もある。
大した作家だ。
・店長(最初に就職するか? と聞いた女性)が、上部へのプレゼンで悩んでいると、昔取った杵柄が突き出してプレゼンの講義を始めるところは普通におもしろい。
・本当にアメリカ人って医者にかからない(かかれない)がデフォルトなんだなぁと唖然とする。どこが民主主義の親分なんだよ(というわけで、オバマは大したやつだなぁとか)
・大都会のブロードウェイに勤めていてさえ、通勤に1時間かかるというのは、あり得ないことらしい(まして1時間30分というのは、その時点で人間らしい働き方から外れるようだ)。
・売上は本来の金額から5ドルくらいまでは違算が許容されているとかあるけど、なんでこいつら、自動釣銭機を使わないんだ? (ローレルやグローリーが進出しているというのも聞かないしな)
・そこら中でアメリカのクラス(貴族とかがいるわけではないので、その時点での資産ということになる)についての格差が表現されているが、おもしろい
・というクラスまたがり(序(スターバックスのバリスタ)-破(一流出版社の編集者の子息、アイビーリーグの学生/卒業生、超一流広告代理店のクリエイティブ)-急(スターバックスのバリスタ)という構成)が、興味深く、しかもどちらのクラスの描写も説得力(本物っぽく思わせる書き方)があるが、こういうことをするのは難しそうだから、おそらく真実の物語というのは本当なのだろうなぁ、と思わせる
・真実の物語なら、なんとスターバックスというのは素晴らしい企業なのだ! と、結局はどう読もうとスターバックスという実在企業のよいしょ本になっている。
変な本だけど、というわけで、おもしろい。メタに読まずに感動しても良し、しかし普通に読めば、構成が過去と現在を行き来するし、過去は小出しなので、いやでもメタに読む必要があり、そういう点では知的な読み方を強いられるし、中身も知的好奇心を満たすようなことが相当あるので、おもしろい。
いや、おもしろかった。
ジェズイットを見習え |
この本は私も邦訳出たときに読んだんですが、原書が出版された2007年でも既にトム・ハンクスが映画化権を買いに来たとか書いてあって、うわぴったり!とか思ってたのにその後音沙汰がなくてかなしい。
なるほどね。トムハンクスはぴったりかも(まだ若過ぎるってことじゃないかなぁ。というか同じ役者が20代~60代までやれるほどFXって進化してるっけ?)。