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とんでもなくおもしろかった。なんとなく海賊の話なのかと思ったら全然違った(というか、ソマリアはソマリアと考えていた時点でおれは間違っていた)。
ソマリアは南はイタリアによる典型的な旧型の植民地支配、北部はイギリスによる現地人による新型の植民地支配だったのが、1960年に独立を認められて、南北対立だの隣国との戦争だのを経由して現在に至るという国だ。
で、筆者のルポルタージュで、イタリアとイギリスの植民地経営の違いが影響して、平和で安心な北のソマリランド(独立国家として機能しているが国連からは認められていない)と、戦国時代の南のソマリア共和国(火事場泥棒的な独立プントランドを含む)に分かれているというのが明らかになる。
(2012年が最新情報の本なのでそれから3年たった今がどうなのかは別問題)
要は、ソマリア共和国の北側はソマリランドという名前の独立国を名乗っていて、そこでは平和な民主主義国家が築かれているというわけのわからない情報があって、そこをルポライターの興味で訪問して、本当にその通りでびっくりし、当地のジャーナリストたちとの交流により、なぜそういう不思議な国家が成立しているのかを明らかにしていく、というのが本書の骨子だ。
それだけで十二分におもしろいのに、実際に現地で過ごすことにより知りえた(および知りえない)情報をルポルタージュとして再構成することで、ソマリ人の生活、各氏族の生活と信条、アフリカの歴史、政治というものの成立事情(民主主義と独裁のそれぞれの持ち味)が明らかになっていく。
特に、金勘定を主体に物事を決めて行った結果として、世界でも類を見ない(少なくとも比較対象となる日本よりも)民主主義を回す国家が成立して運用されているというのが、すさまじくおもしろい。
最初、妙にはなにつく昭和軽薄体な文章でちょっと辟易したが(本の雑誌社の本なのか、と読み始めてから出版社を知った)、すぐに慣れた(が、ビールを飲みたいだの、面倒なことが書いてある部分はやはり慣れないが、にもかかわらず、私的体験を通じて実情を活写するというそれはそれで優れたルポルタージュ手法と考えれば納得はできる)。また氏族をわかりやすくするために戦国時代(鎌倉時代を含む)武将に例えるのは、最初ばかじゃないかと思ったが、これは実にわかりやすかった。おかげで、氏族の名前よりも武将のほうで覚えてしまった(が、読者としては全体の傾向を把握すれば十分なのだからそれで良いのだろう)。
以下、興味深かった点。
・ソマリランドの国民は、即断即決、遅延なく物事が進み、これがアフリカか? と驚きの連続の入国からの数日。(その後、だんだんと何もしない午後というのが見えてきたり、いろいろ)
・ソマリアの語尾のアは、イタリアのアと同じ。なるほど。
・根っからの遊牧民(位置448)。なるほど。西欧もアジアも、国家は農民主導で作られていく(鉄・銃・病原菌)のだが、ソマリランドは積極的(主体的)に独立国家を作ろうと遊牧民が取り組んだという点で類例が無いのだな(たまたまチンギスハンという強い人間が次々と諸国を降参させていって元という国家となったというのとは違って(なので空中分解する)、国家として体制を維持しようという主体的な取り組みがあるという点で画期的)。それがさまざまな文化として立ち現われてくるのが実におもしろい。
・20%を支配者に支払うことで庇護されるという点で、税金の原初の姿があるのがおもしろい(位置4361)。
・一番偉いのは氏族の長老だが、長老には何の力も無い(交換可能)。力があるのは総体としての氏族。
・戦争が好きな氏族(北部)は、戦争とは賠償金による経済的決着だと知り抜いているので、戦争は起きずに金で解決する。戦争を好まない氏族が戦争を始めると交渉を念頭におかないので大虐殺などを起こして収拾がつかなくなる(南部)。
・イスラム原理主義者はマオイストに近い。目からウロコ。マオイストならわかるので、なるほど感がすごい。辺境の被差別民ほどマオイスムのよき支持者となる(カンプチアがそうだった)。原理主義の厳しい戒律は、辺境の被差別民にとっては単なる日常の延長に過ぎないとか(むしろ戒律に従わない都市部住民に対してルサンチマンを爆発させることの引き金となる)。
・海賊がビジネスとして成立できているのは、氏族間戦争での捕虜交換による金銭交渉と同一ルールなので、まったく違和感が無いからだ(ソマリランドでは国家が海賊を認めることはないが、プントランドでは大統領の氏族が海賊だとかいろいろ)。
・途中で海賊のビジネスをビデオ撮影したら海外の放送局に高く売れるだろうから、実際に海賊するには幾らくらいかかり、どのような手順となるのかを、プントランドで知り合ったジャーナリストたちと見積もるところがあるが、むちゃくちゃに面白い。見積もりだ! そこから得られた知見として、石油タンカーの運航状況を把握していて、ある程度の資本があれば、海賊によって莫大な利益を上げられるということ(というよりも事実)。これなら、噂のように日本人を含む海外の人間(組織暴力団である必要は一切なく、個人ベースで十分)が海賊のスポンサーとなっているのは間違いなさそうだと納得するところ。
・アラブ人の犬嫌いの理由を悟るところは想像もつかなかっただけに驚いた。
ソマリランド、おもしろいなぁ。
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