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何かで見かけておもしろそうだから買った夏の沈黙を読んだ。3時間くらいで全部読んでしまった。息もつかせぬおもしろさでは全然ないのだが、構成がうまいので途中でやめる気にならないところがうまい。小説としてはなかなか良いできだと思う。
最初(いや全体だな)、2つのシーンが交互に進む。
1つは現在の弁護士とテレビディレクター夫婦(でも子供はぱっとしない)の家庭の情景だが、妻はいつの間にか読むことになった本のために恐怖にかられている。
もう1つは2年前の、妻を亡くしてやけになっている高校の英語教師(まて英国の話なので国語の教師だろう)だ。どうも指導力はありそうなのだが、まだ明らかにされていない事情から、生徒の宿題文にどうでも良いことだとか乱暴な添削をしたせいで職を追われることになる。
テレビディレクターの妻は引っ越したばかりの家で恐怖にかられると同時に見えない敵と戦おうともする。
国語教師は、2年前に死んだ妻の遺品を整理しているうちに、妙な写真、次に小説(二人とも作家志望で小説を書いていた)を見つける。二人の子供はどうも死んだようなほのめかしがある。
どうも、国語教師の子供にテレビディレクターが何かよからぬことをしてじわじわと復讐しているのかな? という構造が薄らと漂いながら物語は徐々に2つのシーンの間隔を狭めながら交差する(が、テレビディレクターのほうは三人称、国語教師のほうは一人称という使い分けがある。三人称のほうは、登場人物の本心は見えない。一人称のほうは、本心が語られる。なぜアシメトリなのだ? と疑問に思いながら読み進めると、一応、それが必然ということがわかってくる)。
物語内物語(国語教師の妻が書いた小説が途中までは謎めき系(何が書かれているのかわからせない)で、途中からは弁護士のリアルタイム読書モードで掲載されるようになる)がソフトポルノなのは、英国の書籍市場(以前、何かで電子書籍が出てからソフトポルノが異様な売り上げを見せるようになったというのを読んだ覚えがある)だからかな?
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ミステリーではあるが、どちらかというと、サイコホラーに近いかも知れない(ディレクターのほうは追いつめられて異常行動を取り始めるし、国語教師は冷静なようでいて何か異常行動っぽくもある)。
妻が英国製のミステリーは底意地が悪いので好きだと評していたが、これもそういう趣がある作品だった。
心理的におもしろかったのは、最初の印象通りに、国語教師は理解力がある良い人間で、テレビディレクターは自立心が異様に高くて、弁護士(夫)は世間体で生きているという線は最後まで崩されないことだ。
本筋と関係ないところでは弁護士が労働党の党員(立候補することも可能)で、テレビディレクターも忙しくなる前は労働党の党員というところに、コービンより前の労働党の雰囲気が見えておもしろい。
あとテレビディレクターの母が痴呆気味なのだが、週2回ハウスキーパーを利用する以外は自立した生活を営んでいる(途中からテレビディレクターが転がり込むが結局また一人暮らしとなる)のがなかなか印象的だった。
とは言えこの小説はあまり気分が良いものではない。
眼目は死んでいる二人の関係性にあるからだ。
最後、国語教師は自殺するが、それは贖罪とかそういうものではなく、家族の実相を知って絶望したからに違いない。
最初に写真の被写体を勘違いしたことにこそ、この作品の肝があるのだろう。
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