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日々の破片

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2017-03-26

_ 牯嶺街少年殺人事件

今を去ること25年前、友人にエドワードヤンを観に行こうと誘われて、新宿の地下の映画館に行ってすさまじい衝撃を受けた。

まず、長い。3時間30分だ。休憩なしの3時間30分といえば、ワーグナーのラインの黄金で、そんなに長い時間、退屈しないで済むのは不可能なことだ。

が、違った。全編映画そのもので、まったく目が離せない。次に何が起きるかまったくわからない。いや、題名を見ているから知っている。主人公の中学生(15歳くらい)は、少女(14歳くらい)を殺すのだ。

その殺人が起きるところまで、絶え間ない緊張感がある。

が、それはリラックスした緊張感でもある。だいたい、張り詰めた気持ちでいたら3時間30分ももつはずがない。ユーモラスであったり、同情したり、楽しそうだったり、うらやましそうだったり、恐ろしかったりしながら、着実に時は過ぎて、少年は少女を殺す。

びっくりした。

こんな映画が作れるなんて。

何に一番近いかと聞かれれば、2017年の今なら簡単に答えられる。この世界の片隅に、だ。

最後の瞬間に何が起きるかはわかっている。その時点へ向かって着実に物語は進む。まったくゆるむことなく。しかしリラックスした緊張感である。ユーモラスであったり、同情したり、楽しそうだったり、うらやましそうだったり、恐ろしかったりしながら、着実に時は過ぎて、風が吹く。

しかし、牯嶺街少年殺人事件は実写の映画で、光と影が現実のもので、役者はほとんど素人の少年少女だ。

それからしばらくして、完全版というのがやってきた。3時間30分というのは、見やすくするためか、または映画館が入れ替えをやりやすくするために削った版だったのだ。

4時間版で印象的なのは、酔っぱらって千鳥足で歩いている近所のイヤミな食料品店の親父がドブに落ちたのを、主人公が助けるシーンで、悲劇に突き進んでいるにもかかわらず、家族にささやかな幸福が訪れつつあるところだ。

3時間半であろうが、4時間であろうが、こんな映画はほかにはない。

ベルトルッチの1900年ですら、牯嶺街少年殺人事件に比べれば退屈で死にそうだ。(実際問題、叔父さんのところでドミニクサンダが傍若無人に振舞うところとか退屈極まりない)

それが25年ぶりに公開だというので、武蔵野館へ行ってきた。

妻は途中トイレへ立つことも辞さずの構えだ。おれもまあそうだ。

しかし、そんなことは起きない。4時間なんてあっという間だ。

それにしてもすげぇ。個々の映像はかっちり覚えているのに物語はさっぱり忘れていた。忘れていたのに思い出すから、観れば観るほど細部が理解できる。

主人公はいきなり国語が50点だったせいで昼間部は落ちて夜間部へ通うことになる。親父はモンペっぽい(この設定は生きてくる)。モンペというよりも、固い男なのだ。

モノの映画だと気づく。すべてのモノに存在感と物語がある。

学校の隣のスタジオから盗んだ懐中電灯(最後に、馬小をスタジオで待っているときに、机の上に置いて来る)。常に一緒にある。

買われることがない眼鏡。

馬小が屋根裏で見つけた日本軍の将校の日本刀。最後警察に没収される。

同じく馬小のオープンリールテープレコーダー。小猫王が吹き込んだテープはプレスリーのもとへ送られて、記念品の指輪になり、それを報告するテープは刑務所でゴミ箱へ捨てられる。

上海から持ち込んだラジオは、小猫王がレコードプレーヤーの部品取りのために分解されて再構成される。その後は微妙な角度を付けないと鳴らなくなる。そのラジオを見て思わずまだ使っていたのかと唸る汪。

目が良く見えないと、パチパチ電気を付けたり消したりする小四。最初は学校、次は家。

バスケのエースの小虎。最初は小明と。最後は対外試合で不調(前夜に何があったんだっけ?)。

呼出しを食らって拉致される小四。小四が教師から自分をかばってくれたことに気付いた馬小が1人で近寄って来る(この姿に近い構図を後でハニーがやるが、後ろ盾が無いハニーと異なり、馬小はその場で相手を退散できる)。あとから椅子を壊した武器を手に小猫王と飛機が駆けつける。

馬小の日本刀を見てまねして屋根裏で小猫王が見つける懐刀。小四は場所を知っているので留守のうちに持ち出し、馬小ではなく小明を刺す。

医者のテンガロンハット(ではない)。

仮性近視の治療薬としての注射(ビタミン注射かな)。

母親が持つ夏先生からもらった腕時計。

ビリヤード。老二は汪のパーティーで勝負を真剣に見ている。落ちた玉を投げて見事にホールへ落とす。葉っぱに連れられて山東のビリヤード場で勝負に出る。最後は300元勝つが、張雲に告げ口されて死ぬほど折檻される。

極端に大きな帽子、あまりに裾広がりのセーラーのズボンのハニーが、アップだと実に美青年で驚く。

国歌が最初に流れて全員その場に起立しているところに悠然の歩いて来る。

最初、滑頭が拉致されたのは小明が原因ということは、最後のスーツ姿でカタギになったときに明かされる。

母親の喘息がひどくなり住み込み先から家政婦を解任されて、伯父の家で暮らす小明。薄暗く、人がたくさんいて、生活のレベルは明らかに低い。

外省人の将校の子供の馬小。

外省人の役人の子供の小四。

おそらく本省人の商家の子供らしい小猫王(小四は、おそらく夜間学校へ入学したことで、本来の階層的なあり方とは異なる集団に属することになっているのだろう)。後に小四から紹介された(小四自身はハニーから紹介されたようだ)本省人のヤクザの馬來(だと思うが忘れた)のことを良い人だとか評していた。

に続いて、外省人のただの軍人の親戚らしい小明の家庭生活が描かれる。

滑頭の一方的なカンニングのせいで小四まで巻き添えを食らうことになり、再び父親が怒鳴り込む。かえってまずいことになる。そこで父親は謝りながら、正しくあることは正しいのだと説明する。未来を信じて努力するのだ。

小明との関係の微妙さをなんとなく知った小四が医者に反抗的な態度を取る。看護婦が一方的にまくしたて、それに対して乱暴なセリフを吐く。呼び出された父親が許しを乞うと教師が居丈高になる。一方的であり理不尽であり、小四はバットを振るい退学になる。

逆の立場となり、小四が前回父親から聞かされたことを言う。その間に、特務からの取り調べを受けた父親は権力の怖さを知ってしまったために、口を濁す。

話は続き、小四は図書館へ通って勉強をする。

自転車を押す小四を見かけた小明が近寄ってきて、二人で馬小の家へ行く。お手伝いさんが必要だという話を馬小の母親がする。

最後の晩にはあらゆることがおきる。母親は父親が公務員としてはもう目が無い可能性を考え、林のパーティへ父親を連れて行く。小四は母親の時計を質に入れて小翠をデートに誘う。小翠は小四の下心を見透かして嘲笑する。老二は時計を回収するためにビリヤード場へ行く。汪が来る。汪は(机の横流しを拒まれたにもかかわらず)実際には父親をどう考えているのだろう。

小四は翌日、姉から誘われた教会での対話をすっ飛ばしてスタジオで馬小を待つ。馬小は日本刀を持ち込んだのを見咎められて来られない。予定を変更して小明を待つ。懐刀がなんどもなんどもズボンから落ちる。

何も変えることはできない。

馬小の母親が警察に権力を振りかざしてどうにかしようとする。それを眺めて、そういうことではなく、自分と付き合っていた小四のことを思い泣き出す馬小(住む世界が異なるということはそういうことなのだ)。

細かなエピソードが積りに積もり、まったく弛緩することなく4時間が過ぎる。

なんてすごい作家なんだろう。

A Brighter Summer Day (The Criterion Collection) [Blu-ray](Edward Yang)

(リージョンAだ)


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