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新国立劇場でペレアスとメリザンド。
大野の指揮はとても良い。この人は陶酔的な音楽を作る手腕は素晴らしい。とにかくうねるのだ。ただトリスタンとイゾルデのときは本人が陶酔しきってしまったのか観客置いてきぼりで(人によるだろうが)陶酔魔境に入り込んでとてつもなく無限に続く音響世界になって辟易したが(その印象が強いのでどうしても身構える)これは良い感じだった(煌めくような管がまた良い)。とはいえ実際に相当ゆったりめだとは思う(予定時間としては105分+65分で170分だが、手元のビリーがウィーン放送を振ったDVDだと全部で163分となっている)。
カレン・ヴルシュという人は最初のne me touchez pasが妙に甲高い叫びのようでこんな曲だったか? と思ったが実に良い。ゴローのロラン・ナウリも抜群。ベルナール・リヒターのペレアスもなんかぬぼーっとした感じが演出とあっているし、妻屋のアルケル王も良くて(というかいつでも安定だ)、不可思議な舞台装置の音響効果の良さもあってとにかく声が良くわかる。それにしてもイニョルド役の九嶋香奈枝が本当に子供みたいで(とはいえ妻屋含めて他の出演者がみな大きいからだろうが)不思議に思った。
舞台は、下手側1/3が洗面所だか台所だかの小部屋または塔の内部の階段または地下室の穴の周り(の階段)、上手側の2/3が寝室またはプールを模した泉または庭園または海岸の洞窟または城の食堂。交互に左右を遮る幕や上下を遮る幕を使って場面転換が速い。ペレアスとメリザンドが下手の小部屋で会話し、ペレアスが下手の扉から去ると、上手側の幕が上って食堂で家族が食事している真ん中にいるときだけは、こいつ走ったなお疲れ様と思わず労ってしまった(というかおもしろかった)。
演出は現代演出となっているが、おそらくウェディングドレスなのだろうを着たメリザンドがうたた寝して見る夢という枠組みの中で語られる。
内部は奇怪で、語られるテキストはペレアスとメリザンドはあくまでも単にそばに居てお互いの存在があるだけで幸福感を得られるという猫のような愛し合い方をしている(それはゴローもおそらくわかっていて、まるでガキだとか兄妹のようだとか呟くし、ゴローに言われて窓から二人を覗きこんだイニョルドも二人は単に寄り添っているだけだと報告している)だけなのだが、舞台の上ではペレアスはすぐにパンツを脱ぐし、メリザンドはそれを受け入れる(この演出をマクヴィカーが振付させられたらメリザンドは全裸になるのだろうなとか思った(新国立劇場ではえらく昔の水着のようなデカパンデカブラジャー)。あるいは日本ではなく欧州諸国であればそういう演出なのかも知れない)。
テキストが正であれば、舞台の上での二人の動きはゴローの主観による妄想の産物ということになる。
テキストと舞台の上の肉体の矛盾をドビュッシーの曖昧模糊とした音楽が繋ぎ合わせて最後の最後にきれいにトニカで止揚する。
それにしてもペレアスが奇妙で、もしかしたら病気の友人に対する気にかけ方などもありゲイなのかも知れない。したがって、メリザンドを愛しているのは事実だろうが性的意味での愛ではなく、本当にネコの愛情のようなものかも知れない。一方のメリザンドも子供いわくの不思議ちゃんなので、肉体的な愛情には無頓着またはわかっていないのかも知れない(そもそも年齢設定が見えない)。
一方、ゴローは二人よりも地に足がついている(猪を狩りする男だし、海岸に死にかけた浮浪者がいても浮浪者がいるのは飢饉が続いているからだとスルーしてしまう二人とは異なり、どうにかしなければという意識がある)。地に足がつき過ぎているので、ペレアスとメリザンドの不可思議な愛情を理解できず、肉体関係だけを考えてしまうのだろう。かくしてゴローはいきなりペレアスの首を掻き切って殺し、逃げるメリザンドを背後から斬る。
唐突にこの静かで(ゴロー以外は)生気がない城の中に異物として送り込まれた医者(河野鉄平だがさすがにオランダ人やザラストロと違って脇役も良いところなので見せ場あるわけではない)が、こんな傷では死なないと言っているにも関わらずメリザンドは死ぬ。ゴローの目にはおそらく不義の愛に対する自分への罰または語ることのできない恥辱で死ぬ(もう一人のメリザンドが枕を押し付けて窒息させる)。
ドビュッシーの別のオペラのアッシャー家の崩壊でも、まったく生きる意志のなさそうなアッシャー兄妹とその世界に取り込まれた語り手とは別に(そもそも原作にはない)異物として医者が送り込まれてくるが、ペレアスとメリザンドでの医者の役回りの重要さにドビュッシーが何か思うところがあって、似たような構造を作ろう(妄想の密通ではなく妄想の病死という違いはあるが)としたのだろう。
(手元のビリー版はメリザンドがドゥセーでゴローが今回と同じくロラン・ナウリなのだが、実際に夫婦らしい)
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