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少年汽車に乗る、コシュバコシュと立て続けに映画が公開されたフドイナザーロフだが、3作目のルナパパがおれにはおもしろくなかったので気にしなくなったわけだが、いつの間にか死んでいた。
しかも、おれが気にするかどうかとは無関係に配給の問題か、ルナパパ以降は映画館にかからなくなっていたらしい。
で、遺作となった海を待ちながらを含む回顧展がユーロスペースであったので観に行った。というか初めてフロイナザーロフの年齢を知ったが、少年汽車に乗るが25歳のときの作品というのにはたまげた。というか、あの時代は、ジムジャームッシュ、レオスカラックスとかがそうだが、20歳代でデビューする時代だったのだな。
で、観たわけだが、これはとんでもなくおもしろかった。ここ数年のベストだ。
物語は、港町(といってもしょぼい)で始まる。女たちが豊漁祈願をしている。そこに姉妹が登場。マレットという名前の船長の妻と妹らしい。妹の演技に不思議な陰影があるのだが、それはそれとしてマレットはひげのまだ若いおっさん。そこに小太りの男がやってきて、嵐が来るから出航はやめろというがマレットは取り合わない。いいか、おれは伝えたぞ。
姉もマレットに悪い予感がするからやめろ、と告げる。いや豊漁だぜ。だったら私も乗る。というわけで、船員と妻を乗せて出航する。
そこまでは最初の豊漁祈願もあって、ほおこれが中央アジアですか(この海ってなんだろう? と思ったら、アラル海と後で知った)という雰囲気の暢気な映画なのだが、そこからどんどこ魔術的リアリズムの世界に突入した。
とにかく湧き上がる雲が普通ではない。切り立った滝のようだ(普通は海の果てで滝が下へ続くのだが、これは上へ昇る)。
マレットは海岸へ打ち上げられる。
さて数年後、とクレジットが入り、マレットは列車に乗って帰郷の旅路だ。
食堂車へ行くと、観客のおれにはどうも見たことがある女給が働いている。女給はマレットに気付く。しかしマレットは気付かない。
マレットがうろうろしていると車掌がにやにやしながら商売を持ち掛ける。中央アジアのリアルなのか魔術なのかわからないが、列車の貨車を舞台とした売春斡旋業を車掌はしているのだった。マレットは買うことにする。
というのを女給が聞くと、わたしが相方よ、と決めつけて貨車へ向かう。途中、本物の娼婦が出てくるがどやしつけて自分が貨車へ行く。
で、マレットの妻の妹ということがわかる。
マレットは町に帰る。というか既に海辺の町ではない。砂漠の町だ。これも魔術か? と思ったら本当にアラル海は干上がってしまったらしい。
人々が寄ってきて人殺し! と石を投げつける。ということから、嵐で船が沈没して船長のマレットだけが生き残ったのだなとわかる。
幼馴染のバルタザール登場。バルタザールに対してマレットはやたらと横暴に振る舞うのだが、良い奴らしくいつもマレットの味方をしてくれる。飛行場の管制官に現在はなっているようだが、いったい飛行機はいつ来るのだ? かっての漁協の建物が博物館になっていて子供を受け入れたりもしている。
マレットは、座礁していた船を復旧させようとする。再び海に帰れば妻や船員たちも帰って来る(と思いたい)。いずれにしても彼らの死体は発見されていないということだ(そりゃ無理だろうと最初は思っていたが、何しろ完全に干上がっているのだから、海の底を浚渫する必要はないから無理でもないのかなぁ、と現実に即して考えても大して意味はない)。
という具合に映画は進む。座礁していたマレットの船も進む。
バルタザールの息子の一味は、まさにヒャッハーなモヒカン(というよりはマッドマックスの敵方)。砂漠といい、間違いなくマッドマックスを意識しているだろう。
役者ではなんといっても亡き妻の父親が良い。抜群だ。最初はマレットに鞭を振るう。長女は殺され、次女は追い出されるのか、あの野郎。しかし最後はすべてを許して窓に蓋をする。というか、なにを作っているのかと思ったら、自分の墓だったとは。
それにしても、町と船をマレットも妹(姉と二役とクレジットで知るわけだが、髪の長さとメイクが異なるだけでまったく別人かと思った)も父親も往復しまくるのだが、距離感がまったくわからん。バルタザールはオートバイで移動しているから、きっと遠いのだろうが、そこは魔術の世界だ。
船の移動は下手から上手。だいたい、海だった砂漠へ向かうのは下手から上手。
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