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日々の破片

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2023-09-18

_ ねじの回転(再挑戦)

数年前だと思うが、本屋へ行ったら『トラウマ日曜洋画劇場』というのが平積みされていて、なんだこりゃ?(というか、「日曜洋画劇場」に反応したわけだが)と手に取ってパラパラ眺めた。食指は動かなかったのでそのまま山に戻したわけだが、『妖精たちの森』というタイトルに記憶が甦った。子供なのでいまいちわからなかったような、わかったようなこともあって、その作品が『ねじの回転』という作品の前日譚として作られたということから、図書館で『ねじの回転』を借りたのだった。

妖精たちの森(マーロン・ブランド)

(たしか、数年後に友人が、妖精たちの森だのラストタンゴインパリだの、マーロンブランドってお色気俳優だよなと言っていたのを唐突に思い出したが、ゴッドファーザーや地獄の黙示録のいっぽうで、このタイプの地味な文芸的ポルノ(あるいはポルノ的文芸)作品にも出まくっていたのは興味深い。なんでもこなせるから仕事をそれほど選ばなかったのだろう)

が、数ページ読んだだけで挫折した。まったくおもしろくもない、というのは冗長の極みみたいな作品だったからだ。

というのも思い出したので、買って読んでみた。冗長という印象はまったく変わらないが、なかなかおもしろい。というか、子供の頃に読んでもさっぱりだったかも知れない。

とにかく1898年という世紀末&ヴィクトリア朝後期を反映した作品なのは間違いない。

全体は曖昧模糊として書かれていて、主人公の20歳の家庭教師(女性)の主観だけで語られるため、何が事実で何が妄想かも不明なまま話は進む。幽霊が二人出てくるが、確実に見たと言明しているのは主人公だけなので、そもそも幽霊は存在せず、すべては彼女の妄想という解釈もあるらしい。が、それは重要ではない(と、訳者も書いているが、確かにまったく重要ではない。重要ではないので、見たという前提で十分だ)。

訳者は解題で、社会の三層構造を示しているが、それも重要な読解のポイントだろう。

登場人物は過去も現在も3.5層から構成されている。

最下層には、下女、料理人、庭番、女中頭がいる。労働者階級であり基本、文字の読み書きはできない。

中層に、家庭教師がいる。現在の家庭教師は牧師の末娘だ。高慢と偏見(こちらは1813年)の社会と地続きであることを考えると、彼女は教育資産はあるので家庭教師という職業にはつける(その後、物語の額縁(金持ちの青年たちがお互いに怪奇話をするというような設定)で、物語の後10年以上経過した時点でも家庭教師をしていることが語られている)が、リッチマンと結婚しない限り、その枠からは抜けられないし、そもそも持参金も怪しい(牧師の末娘)なので未婚のまま死ぬ運命だ。

上層には、家庭教師を雇った都会で暮らす(遺産相続した)リッチな青年貴族がいる。当然、家庭教師が階級脱出のためのターゲットとして狙うことになるし、青年貴族はそんなものは眼中に無い。

そして中層と上層の間に、もう1組の主人公である青年貴族の甥と姪がいる。両親は任地のインドで客死したことが書かれている。青年貴族から見れば甥が成年するまでは後見し、成年後は父親の遺産を相続する立場の子供たちだ。ここで青年貴族の立場から見れば、甥はさっさと死んで欲しい。そうすれば後見人の自分が遺産を相続できる(他に親類がいないので引き取らざるを得なかったのだ)。姪はどうとでもなると考えている。したがって、徹底的に甥と姪については知らん顔をしている。この二人はまだ上層に食い込んでいない。とはいえ、中層ではない。したがって、全体として3.5層の人物によって物語は構成されている。

青年貴族は、当然のように甥を寄宿学校に入れ、姪は郊外にある別宅に軟禁(状態としては軟禁だが、気持ちのうえでは住まわせてやっている、くらいののりだろう)している。甥は休暇になったので別宅に行かされるので、二人まとめて面倒みるために家庭教師が必要なのだった。

物語が始まってすぐに、青年貴族から手紙が家庭教師に送られてくる。甥が放校されたという知らせだ。

ここで最初に考えるのは、ヴィクトリア朝の寄宿学校についてだ。まずそれは男子の世界だということだ(20世紀後半のホグワーツ魔法学校のように男女共学の寄宿学校などは有り得ない)。

家庭教師はどうやら唯一の味方につけた女中頭と盗みを働いたのではないかと推測するが、それは有り得ないだろうと(彼女たちの想像力の限界だろうと)わかる。暴力でもなさそうなのは甥っ子の美少年っぷりからなんとなく推測できる。とすれば、なんらかの性的な言動か行為が原因と考えられる。

ここでジャストインタイムな情報としてジャニー喜多川を考えるのはいかにも自然だ。いちいちは知らないが読んだものに、子供に対して口淫したというのがあった。おそらく甥はそれを学友に対して行ったか、あるいはそういう行動について話したのだと考えられる。

(実際、物語の結末では、盗みなどはしない。あることを仲の良い数人に話したのを、その中の誰かが教師に告げ口したのだろうというようなことを甥は家庭教師に語っている)

さらに読み進むと、塔の上に魅力的な男が出てくる。家庭教師は女中頭と話し合って、それが先年死んだ青年貴族から派遣された家令の役回り(ただし出身は下層なので正式ではなく、あくまでもこの別荘内だけを仕切る権力を与えられている)の男だとわかる。

さらに、家庭教師が観察していると姪の前に美しいが悪意のあるまなざしの女性の幽霊が出てくる。悪意がありそうなのだが姪はなついているように見える。

再び女中頭を尋問すると、前任で職を辞した後に死んだ家庭教師だということがわかる。

どうも、家庭教師と家令の間には関係があったことがほのめかされると同時に、甥が家令とやたらと仲が良かったことが語られる。半年ほどほとんどいつも一緒にいたので、身分差を示そうとあまり親密にならないようにしたことなどが語られる。

『妖精たちの森』では、あくまでも下男と前任の家庭教師の恋愛関係と、それを真似る姉と弟(おそらく何かのコードで年齢を入れ替えている)の近親相姦的な関係に興味が絞られていたように記憶しているが、それはおそらく違う。甥と姪の関係には性的なものは無いと考えたほうが『ねじの回転』については正しい読解だろう。『妖精たちの森』はソフトポルノの枠組みを考えて文芸作品という仮衣をまとうために『ねじの回転』を援用しただけだ。

家令は甥にいろいろ教えていたのだ。一方、前任の家庭教師は階層的には下方婚にならざるを得ないが行く末を考慮して家令を環境脱出のための道具として考え、一方家令はなんでもありの男なのでそちらも承諾、しかし甥との関係も続くので、嫉妬した家庭教師(しかし天使のような姪や甥そのものには悪意は向かずに家令に対して向かう)が家令を殺し、自分も自殺したと考えるのが筋だろう。

甥はその知識を思わず仲の良い学友にひけらかす。が、それは良識ある世界では表立っては許されることではない。したがって放校の憂き目にあう。放校されたものの何か後ろめたさはあっても(当然のように二人の秘密として口止めされていると考えるべき)行為そのものが当時の良識外だという点に気付かない甥は、最後に理解し家令を悪魔と罵ることになる。

ねじの回転(新潮文庫)(ヘンリー・ジェイムズ)


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